安仁神社

安仁神社

岡山県岡山市東区西大寺一宮895

安仁神社(あにじんじゃ)は、岡山県岡山市東区西大寺にある神社。式内社(名神大社)、備前国元一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。

創建の年代は不詳。社伝では、神武東征の際に五瀬命が数年間この地に滞在し、神武天皇が即位の後に五瀬命ら皇兄たちをこの地に祀って「久方宮(ひさかたのみや)」と称したのが起源としている。

国史の初見は『続日本後紀』の841年(承和8年)2月8日条に「安仁神預名神焉(あにのかみみょうじんにあづかる)」とあるもので、平安時代後期に編纂された『延喜式神名帳』では備前国では唯一の名神大社に列せられている。元々は当社が備前国一宮となるはずであったが、939年(天慶2年)における天慶の乱において当社が藤原純友方に味方したため、一宮の地位を朝廷より剥奪されたとされる。その後、備前国一宮の地位は天慶の乱勃発当時に朝廷に味方した備中国の一宮である吉備津神社より御霊代を分祀されて創建した吉備津彦神社(岡山市北区一宮)に移ったと伝えられる。

元々、社殿は背後の宮城山(みやしろやま)の山頂にあったが、1344年(康永3年)に火災で焼失した。その後、備前藩主池田綱政によって現在地である中腹に再建され、備前藩の祈願所となった。

1871年(明治4年)に国幣中社に列せられ、祭典への勅使参向、1926年(大正15年)には皇太子裕仁親王の行啓を仰ぎ、祈年祭・新嘗祭・例大祭には併せて幣帛供進使の参向があった。第二次大戦後は神社本庁所管の神社として別表神社となった。

明治年間、大雨によって本殿後方の法面(のりめん)が崩れた際に弥生時代中期の銅鐸が発見された。この銅鐸については後に京都大学教授の小林行雄によって学会に報告されている。銅鐸は岡山県指定重要文化財に指定され、岡山県立博物館に寄託されている。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BB%81%E7%A5%9E%E7%A4%BE



安仁神社御朱印

書置きをいただきました。

ダントツラーメン (1)

岡山の大巨人先輩に会いに岡山市に来ました。

一先ずお昼ごはんにします。ダントツラーメンに来ました。

ダントツラーメン (2)

胃腸の調子を考慮してラーメン小盛にします。

今食べ過ぎると夜の飲み会で飲めなくなるので。

ダントツラーメン (3)

小盛だと楽々食べられますね。

安仁神社 (1)

ホテルのチェックインまで時間があるので西大寺の安仁神社に来ました。

岡山市内ですけど、畑が多くて田舎な雰囲気ですね。

安仁神社 (2)

公園みたいな入り口ですね。

元一宮だけあって敷地広い。

安仁神社 (3)

安仁神社 (4)

安仁神社 (5)

鳥居

鳥居の上に石ころを乗せるのは全国共通なんですかね?

安仁神社 (6)

二つ目の鳥居

安仁神社 (7)

手水舎

安仁神社 (8)

安仁神社 (9)

安仁神社 (10)

安仁神社 (11)

手水舎

安仁神社 (13)

安仁神社 (14)

こちらの神社、元一宮ですけど藤原純友の乱に際して純友側についたために地位を剥奪されてるんですよね。

最近大河ドラマで明智光秀が取り上げられていましたが、戦のときにどちらに味方をするかって難しい判断ですよね。本能寺の変のときも明智に味方した姉小路とか一色とかは滅亡してしまってますし。

日本酒

晩御飯は大巨人さんといざ酔いの月で日本酒飲み放題をいただきました。

日本酒飲み放題&すし食べ放題で5,000円ってすごくない?大満足でした。