隠岐神社

隠岐神社

島根県隠岐郡海士町大字福井1365-5

隠岐神社(おきじんじゃ)は、島根県隠岐郡海士町に鎮座する神社である。

海士町は隠岐諸島の島前(どうぜん)にある中ノ島を主島とする1町1島の自治体である。社格は旧県社。

歴史​

承久3年(1221年)、承久の乱によって隠岐へ配流された後鳥羽天皇(配流時は法皇)は、当地の源福寺を行在所とし、旧在庁官人で海士郡の公文、田荘両職を兼帯した村上氏が身辺警護と監視にあたっていたともいわれている[1]。19年後の延応元年(1239年)2月22日に崩御して同25日に源福寺裏山で火葬にされ、遺灰を埋納して火葬塚を営んだ。万治元年(1658年)、松江藩主松平直政が廟殿を造営し、明治まで維持に努めたが、明治2年(1689年)に廃仏毀釈の影響で源福寺は廃寺(後に復興された)。

海士町後鳥羽院資料館に所蔵される絵図(江戸末期の様子)には、この火葬塚の場所に「後鳥羽院神社」(創建不詳)が描かれており、江戸末期には、島民によりここで祭祀が行われていたといわれている。しかし、1873年(明治6年)、法皇の御霊を大阪府三島郡島本町の水無瀬神宮に奉遷したため、1874年(明治7年)に後鳥羽院神社も取り払われた。なお、神社が取り払われての後も、祭祀が続けられていたといわれる。後に、この神社を中心とした旧源福寺境内地は、後鳥羽天皇の隠岐の御陵「御火葬塚」とされた。

1940年(昭和15年)の紀元二千六百年記念行事の一つとして、島根県が隠岐神社を創建した。1939年(昭和14年)に完成し、1943年(昭和18年)には県社に列せられている。鎮座地は「御火葬塚」に隣接している。

なお、神社が完成した1939年は、法皇の崩御700年に執り行われた「後鳥羽天皇七百年祭」の年でもあった。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE



隠岐神社御朱印

御朱印は隠岐神社授与所にていただきました

授与所は9:00~16:00のようです

隠岐神社にて、宇受賀命神社と、知夫村の天佐志比古命神社の御朱印もいただけるようです

隠岐神社 (1)

中之島で一番大きい神社、隠岐神社へ来ました

こちらの神社、結構新しい神社なんですね

隠岐神社 (2)

鳥居

隠岐神社 (3)

由緒

隠岐神社 (4)

土俵

隠岐神社 (5)

雨上がりのため参道が濡れてます

少し寒いですね

隠岐神社 (6)

狛犬

隠岐神社 (7)

狛犬

隠岐神社 (8)

石段を登る

新しい神社は比較的平地にあるので参拝しやすいですね

古い神社は山頂とか険しい立地で大変

それだけ昔の人は自然に畏敬の念があったんでしょうけど

隠岐神社 (9)

後鳥羽院の和歌

隠岐神社 (10)

手水舎

隠岐神社 (11)

隠岐神社 (12)

隠岐神社 (13)

参拝してたら小雨が

島根来てからにわか雨多いなあ

参拝後、後鳥羽院資料館を見てきました。入場料300円。

現代ですら隠岐に来るの大変ですから、昔の人からしたら本当に遠い場所だったんでしょうね

海士の牛 (2)

参拝後、中之島ツーリング

中之島にも牛が放牧されてますね

海士の牛 (1)

隠岐牛、高級だから手が出しにくいけどいつかは食べたいですね

カルデラ

カルデラ

山が削られてますね、なんか建てるのかな

味蔵天ぷら定食 (1)

お昼は昨日の晩御飯と同じ味蔵へ

店の雰囲気が気に入ったから再訪

昨日、隣の席にいた兄ちゃんが食べてておいしそうだった天ぷら定食を注文

味蔵天ぷら定食 (2)

海鮮丼も気になりましたが、小雨が降って寒かったので天ぷらにしました

美味し

帰りのフェリーくにが

5時間ほど船に乗って帰ります

疲れてたからか、二等客室でごろ寝してたら気づけば七類港でした

ポムの樹

ついたら夕方で外は夜でした

晩御飯は以前から気になっていたポムの樹でオムライス

隠岐で行けていないのは知夫村だけなので、また暖かくなったらチャレンジですね