佐太神社

佐太神社

島根県松江市鹿島町佐陀宮内73

佐太神社(さだじんじゃ)は、島根県松江市鹿島町佐陀宮内にある神社。出雲国二宮である。出雲國神仏霊場第四番。

歴史
創建
秋鹿郡佐田大社之記に垂仁54年の創建で、養老元年(717年)に再建されたとある。『出雲国風土記』の記述からもとは神名火山(現:朝日山)のふもとに鎮座していたと考えられる。

社名の変遷
『出雲国風土記』秋鹿郡条に「佐太御子社」と記載されている。延喜式神名帳には「佐陀神社」と記載されている[2]。中世に入ると「佐陀大明神」とか「佐陀大社」、「佐陀三社大明神」などと呼ばれるようになった。明治に入り現在の「佐太神社」に改称した。

神階
日本三代実録より

貞観元年(859年) 従五位下
貞観9年(867年) 従五位上
貞観13年(871年) 従四位下
社領
康元元年(1256年)の『社領注進状』(出雲大社所蔵)によれば280丁と、杵築大社(現:出雲大社)に匹敵するほどの社領を有していたという。宝永3年(1706年)の『佐陀大社勘文』によれば、島根郡と秋鹿郡に7000石の社領と224人の神人を有していたが太閤検地によって大幅に減じられ、堀尾吉晴の時代になって200石まで回復したという。江戸時代に入ると杵築大社とともに出雲国内の神社を管轄しそれらを支配する「触下制度」を確立した。佐陀大社の管轄は島根郡、秋鹿郡、意宇郡の西半分と楯縫郡の神社であった。

近現代
明治維新時に神祇官の命を受けた松江藩神祠懸により、祭神を猿田彦命と明示するように指示された際、神社側は一旦はそれを拒んだが、後に従った。

平成26年、正中殿などの修理が行われており8月に修理見学会が開催された[3][4][5][6]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E5%A4%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE



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佐太神社御朱印 (2)

出雲国新仏霊場の巡拝帳も入手。

出雲大社とかは参拝済みですが、再度巡ろうと思います。

佐太神社 (1)

島根県にお引越ししました。

島根県は二度遊びに来ておりますが、しばらく住むことになりそうなので楽しんでいこうと思います。

まだ土地勘がないので有名どころから参拝します。出雲国二宮の佐太神社です。

佐太神社 (2)

駐車場も広くて移住間もない人間にもやさしい。

PCXがまだ届いてないんですよね。

佐太神社 (3)

原発あるんやな。地震こないでくれ。

佐太神社 (4)

佐太大神の説明。

出雲は神話の国ですし、巡礼も楽しそうですね。

佐太神社 (5)

台風が近づいているはずですが天気はすこぶるいい。

佐太神社 (6)

手水舎

佐太神社 (7)

佐太神社 (8)

まずは記念すべき引っ越し後第一社目の参拝でした。