最上稲荷山妙教寺

最上稲荷山妙教寺

岡山県岡山市北区高松稲荷712

歴史・概要
岡山県内で唯一、明治初年の廃仏毀釈の被害を逃れた所といわれ、日蓮宗系「神仏習合」の祭祀形態を現在も残す。

本尊
祈祷本尊は最上位経王大菩薩(稲荷大明神)。最上位経とはすなわち法華経のことである。像容は右手に鎌、左肩に稲束を背負い、白狐にまたがる天女の姿をしており、稲荷神の本地とされる荼枳尼天の像容とその特徴を同じくする。

創建伝承
寺伝によれば、報恩大師が天平勝宝4年(752年)に孝謙天皇の病気平癒の勅命を受けて、吉備山中の八畳岩で修法し、最上位経王大菩薩を感得、天皇は全快したことに始まるという。

また後に桓武天皇の病気平癒祈願の功徳により、寺院建立の寄進申し出があった。これにより大師が霊地を求めていたある日、最上位経王大菩薩より「備中国、龍王山麓に堂宇を定むるべし」との宣告があり、このことを天皇に進言。天皇はその祈願所としてさっそく龍王山神宮寺を寄進創建した。これが現在の妙教寺であるという。

近世以降
羽柴秀吉の中国進攻の際に戦火により焼亡するも、江戸時代初期の慶長6年(1601年)この地を治めた旗本の花房職之が関東地方より日円聖人を招聘し、「稲荷山妙教寺」として再興した。このときに天台宗から日蓮宗へ改宗した。

寛保元年(1741年)に建立された霊応殿本殿(旧本殿)は岡山市重要文化財に指定されている。現在の本殿(霊光殿)は昭和54年 (1979年) に建造された。明治14年(1881年)に建立された根本大堂は老朽化のため、平成18年(2006年)に移転、修復された。2009年、本堂(根本大堂)など33件が国の登録有形文化財に登録された。

なお、昭和26年の宗教法人法の施行に伴い、信徒や有識者の勧めにより、妙教寺の第23世の稲荷日宣の代にして昭和29年7月に、宗教法人・最上稲荷教として日蓮宗から独立、包括法人を組織したが、55年後の平成21年7月24日、26世稲荷日應の判断により、傘下の寺院とともに日蓮宗に復帰した。日蓮宗には一般の寺院として復帰したが、「最上稲荷総本山」の通称は、引き続き使用される。初詣シーズンには毎年岡山県下最大の参拝客(約60万人)で賑わう。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E4%B8%8A%E7%A8%B2%E8%8D%B7



最上稲荷

吉備サービスエリア
先輩に会いに岡山に向かいます。洗濯してクリーニング出してユニクロで荷物受け取ったらもう昼になってしまった。

吉備サービスエリアで小休憩。

たこ焼き
ランチはたこ焼き。粉もんおいしい。

最上稲荷 (18)
先輩との合流時間まで余裕があるので最上稲荷に向かう。

でかい鳥居。

最上稲荷 (1)
駐車場に300円払う。

無料のとこもあるのかな?お土産やのとこに停めてしもた。

最上稲荷 (2)
ポスター。

こちらのお寺、岡山で一番初詣で混むそうな。

最上稲荷 (3)
日本三大稲荷とのこと。

伏見、笠間、祐徳、豊川?5つでてきてしもたわ。

最上稲荷 (4)
ネコ

最上稲荷 (17)
きつね

最上稲荷 (8)
秀吉が陣を構えたんですね。

備中高松城。清水宗治は信長の野望だとめっちゃカタイんですよね。強キャラ。

最上稲荷 (9)
縁切りと縁結びの末社がありました。

最上稲荷 (6)
お炊き上げ

最上稲荷 (5)
でかい!流石日本三大稲荷。

最上稲荷 (7)
注連縄も立派。

ベッド
宿にチェックイン。独房のような部屋やな。

古粋 (1)
先輩と合流し、古粋という居酒屋に。

岡山の地酒飲み比べ。

古粋 (2)
大山鶏の竜田揚げ。

岡山っぽいもの食べられてよかったです。他にも下津井の蛸とか鰆食べました。

その後二次会に繰り出しましたが、3軒目で睡魔に襲われダウン。

ごちそうさまでした。