蚕養国神社

蚕養国神社

福島県会津若松市蚕養町2-1

創建
社伝では、弘仁2年(811年)の創建という[1]。

『延喜式』神名帳では、この蚕養国神社以外に社名を「蚕養国」とする官社はなく、この社名は当社が唯一のものになる[2]。社名に見えるように蚕養国神社の創建には養蚕業が関係すると考えられているが、会津で養蚕が盛んだったことにより祀られたというよりは、会津で養蚕を盛んにしようとする中央政府の政策のために祀られるようになったと見る説が挙げられている[2]。その背景として、『日本後紀』延暦15年(796年)11月8日条に見える、伊勢・三河・相模・近江・丹波・但馬等の国の婦女2人ずつを陸奥国に遣わして2年間養蚕技術を教えさせたという記事の存在が指摘される[2]。

概史
延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では陸奥国会津郡に「蚕養国神社」と記載され、式内社に列している[3]。会津郡の式内社は蚕養国神社と伊佐須美神社(大沼郡会津美里町)のみであった[3]。

この蚕養国神社について国史に記載は見えないが、社伝では承和年間(834年-848年)に陸奥・出羽国按察使兼鎮守府将軍の藤原富士麻呂の奏上により官社に列したというほか、寛弘7年(1011年)には県令の石部少将道秀らによって社殿が創設されたという[1]。その後、兵火により社殿を焼失し衰退するが、会津藩初代藩主の保科正之によって復興され、社殿造営と社領20石の安堵を得た[1]。さらに寛保3年(1743年)には神階が正一位に進み、文化4年(1807年)には火災によって社殿を焼失したが、文政2年(1819年)に8代藩主の松平容敬によって再建されたという[1]。

明治維新後、明治9年(1876年)11月に近代社格制度において県社に列した[4]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9A%95%E9%A4%8A%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE



蚕養国神社

蚕神社

蚕神社 (3)

蚕神社 (2)

郡山から始発で会津若松へ。飯盛山への道中にあったので、参拝。社務所の巫女さん可愛い。