「中国・四国地方の御朱印」
山口県の御朱印

赤間神宮

 ←亀山八幡宮 →住吉神社
赤間神宮

山口県下関市阿弥陀寺町4-1

赤間神宮(あかまじんぐう)は、山口県下関市にある神社である。旧社格は官幣大社。壇ノ浦の戦いにおいて幼くして亡くなった安徳天皇を祀る。
江戸時代までは安徳天皇御影堂といい、仏式により祀られていた。平家一門を祀る塚があることでも有名であり、前身の阿弥陀寺は『耳なし芳一』の舞台であったが、廃仏毀釈により神社となり現在に至る。

貞観元年(859年)に阿弥陀寺として開闢。
文治元年(1185年)の壇ノ浦の戦いで入水した安徳天皇の遺体は現場付近では発見できなかったが、赤間関(下関)に建久2年(1191年)、勅命により御影堂が建立され、建礼門院ゆかりの尼を奉仕させた。以後、勅願寺として崇敬を受ける。
明治の神仏分離により阿弥陀寺は廃され、神社となって「天皇社」と改称した。また、歴代天皇陵の治定の終了後、安徳天皇陵は多くの伝承地の中からこの安徳天皇社の境内が明治22年(1889年)7月25日、「擬陵」として公式に治定された。天皇社は明治8年(1875年)10月7日、赤間宮に改称し、官幣中社に列格した。昭和15年(1940年)8月1日、官幣大社に昇格し赤間神宮に改称した。
第二次大戦により社殿を焼失し、昭和40年(1965年)4月に新社殿が竣工した。
昭和60年(1985年)、源平八百年を期に全国平家会が設立され、石川県輪島市にある平時忠の子孫「時国家」に御分霊が親授された。その際に邸内社が建立され「能登安徳天皇社」の称号が授与された。

以上ウィキペディアより。

赤間神宮

赤間神宮 (1)
亀岡八幡宮から道沿いに進むと到着。

赤間神宮 (2)
立派な鳥居です。

赤間神宮 (3)

赤間神宮 (4)

赤間神宮 (7)
平家物語終焉の地。海のそこにも都があるのですよ。

義経
義経

碇
碇知盛 「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 東北の御朱印
総もくじ 3kaku_s_L.png 関東地方の御朱印
総もくじ 3kaku_s_L.png 中部地方の御朱印
総もくじ 3kaku_s_L.png 近畿の御朱印
総もくじ 3kaku_s_L.png 中国・四国地方の御朱印
総もくじ 3kaku_s_L.png 九州の御朱印
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ  3kaku_s_L.png 東北の御朱印
総もくじ  3kaku_s_L.png 関東地方の御朱印
総もくじ  3kaku_s_L.png 中部地方の御朱印
総もくじ  3kaku_s_L.png 近畿の御朱印
総もくじ  3kaku_s_L.png 中国・四国地方の御朱印
総もくじ  3kaku_s_L.png 九州の御朱印
【亀山八幡宮】へ  【住吉神社】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【亀山八幡宮】へ
  • 【住吉神社】へ