奈加美神社

奈加美神社

大阪府泉佐野市中庄834

奈加美神社の創建は、平安時代にかかるものとされていますが、それを詳らかにするものは残されておりません。

旧社は大宮神社と称されておりました。平松家、藤田家の古文書によれば、宝治2年(1248)にはすでに大宮神社は分社をなし、佐野・大武家村に大引欠神社を有していたとあり、その後も分霊分社が続き、室町期文明2年(1470)には、近郷七ヶ村に及ぶ七座七社の惣鎮守社として、村人の崇敬を一手に集め、宏壮深遠な神域をもつ名実とも大宮であったとされています。「今に大宮様七膳づつすはるや」と、七座の神饌を献ずる習わしは分社の由縁によるもので、明治の神社合祀まで続けられました。

湊の教蓮寺古文書に依れば、大宮神社は紀州根来寺の触下にあり社領三千石を有し、大宮大明神、または大宮庵とも称され、神仏習合の時代には真言宗の社僧が祭祀にあたったことが記されています。

天正5年(1577)の織田信長の根来攻めの際、当大宮神社も悉く焼き払われ、この戦災後、慶長15年(1610)8月、ときの代官・新川宮内大輔、沙門松室坊賴真法師等が焼廃した神社の再建にあたり、現位置に社殿が造営されました。

明治41年(1908)から翌明治42年(1909)にかけて、中庄・上瓦屋・湊の3村の字々の神社が合祀され和協一致の精神による神社の護持発展を願い、3村の奈(中庄)加(上瓦屋)美(湊)の頭仮名文字を綴合せて、万葉仮名の響きも美しく「奈加美神社」と称されることとなりました。

以上ホームページより。 http://www.nakami.org/



奈加美神社

朝のフェリー乗り場 (1)
久しぶりにフェリーでツーリングに行きます。朝5時30分。まだ暗いですね。

朝のフェリー乗り場 (2)
なんかピンボケになるけど、撮影技術のせいか設定がおかしいのか。

なかう (2)
なか卯で親子丼を食しつつ現在地を確認。今回は大阪南部を回るのですが、位置関係がよくわからない。

奈加美神社 (1)
落ち着いた雰囲気の住宅地に目的とする神社がありました。

奈加美神社 (6)
まずは泉佐野市の奈加美神社です。

奈加美神社 (2)
大阪南部というと、和泉ナンバーの車の運転の話はたまに聞きますが、心なしかタクシーの運転に勢いを感じますね。

奈加美神社 (3)

奈加美神社 (4)

奈加美神社 (5)
水巻きしている女性に御朱印対応いただきました。ありがとうございました。