鶴崎神社

鶴崎神社

岡山県都窪郡早島町早島2220


◆鎮座地 岡山県都窪郡早島町早島2220番地 

◆御祭神 大吉備津彦命荒魂(オホキビツヒコノミコトアラミタマ)

◆由 緒
御祭神の大吉備津彦命は、第7代孝霊天皇の皇子。第10代崇神天皇の御代人々は神祇を敬って天下にようやく災害も無く

なったが、遠国には未だ大和朝廷の命に従わないものが多くあった。そこで天皇即位の10年、天皇は皇族の中から4人の将

軍を選んで北陸(大彦命)・東海(武渟川別命)・西道(吉備津彦命)・丹波(丹波道主命)に派遣して天下を鎮定する事

となった。

命はその四道将軍の一人として西道(吉備国・現在の岡山県、兵庫県西部、広島県東部、香川県島嶼部)に下られ、当時の

有力な強賊(豪族)蟹梟帥(カニタケル)を征伐して、この国を平定された。その後吉備国に永住し国の統治にあたり281

歳の長寿を保ったとされる。

当社は、貞和6年庚寅2月21日(1350・南北朝)に吉備津神社から吉備津彦命荒魂(丑寅御崎大明神)を勧請したのが創建

とされ、その後元中元年(1384・南北朝)小社であった八幡神社(品陀和氣命)を再建し、現在の両社宮の形式となり御崎

宮と改称した。 文禄2年(1593・安土桃山)宮崎城主高畠市正貞政、安原備中守の手によって両社改築。慶長8年(1603・

江戸)安原和泉守が八幡神社を再建。享保4年(1719・江戸)両社再建。同11年神祇官領にて御崎宮神階正一位に昇進。明

治初年に社名を鶴崎神社と改める。

明治4年社格制度により郷社に列せられる。神職は太田家が社家として奉仕していたが、明治6年東太田家、西太田家は小田

県から士族に編入され、明治10年頃からは中太田家が社司(宮司)となって祭祀に当たった。

明治40年神饌幣帛供進社に指定される。昭和10年随神門改築。昭和28年宗教法人令が制定され神社は宗教法人となり明治

以降80年の神社に関する国家管理は幕を閉じ、その後は氏子により早島の総鎮守として守られている。昭和46年本殿屋根銅

板葺替。平成10年社務所移して改築。

春、秋の大祭には吉備津神社の七十五膳据神事と同様に御盛相(米を蒸し円筒形の型枠にはめ押し抜いたもの)を御膳に

盛ってお供えする特殊神事供膳祭が古式に則り行われる。また、秋祭りの神幸祭は寛保元年(1741)から行われており、早

島町の秋の風物詩として大きな賑わいを見せる。 

以上ホームページより。

鶴崎神社


鶴崎神社 (1)
ガソリンが尽きそうになり不安な気持ちで到着。

鶴崎神社 (2)
大きい灯篭。

鶴崎神社 (3)
グラウンドや、学校の近くにあります。

鶴崎神社 (4)

鶴崎神社 (5)

鶴崎神社 (6)
吹奏楽部の練習の音が聞こえてきます。いいですね。