阿波神社

阿波神社

徳島県鳴門市大麻町池谷字大石

主祭神 土御門天皇
社格等 旧県社

JR高徳線池谷駅下車より徒歩約10分。

阿波神社

今日は朝がゆっくりだったので、役所に行って雑用を済ませる。

s-阿波神社

用事を済ませてもまだ時間があったので、神社へ向かう。阿波神社、初めて来ましたけど結構広くて立派です。

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阿波神社の歴史
土御門天皇は承久の乱後、承久3年(1221年)に土佐国へ遷幸、貞応2年(1223年)にはさらに阿波国に移り、約9年後の寛喜3年(1231年)に崩御し、その行在所は守護所に近い勝瑞(藍住町)に比定する説がある。人々は土御門天皇火葬塚の北に通称「天皇さん」と呼ぶ土御門天皇社を奉祀、『阿波志』には「土御門天皇廟 池谷村天皇山南麓に在り」とみえる。その後、明治8年(1875年)に丸山神社と改称(鳴門市史上)。
昭和15年(1940年)には紀元二千六百年記念行事として、社名を阿波神社に改め、火葬塚の北東に隣接する現在地に新たに社殿を造営した。県民挙げての奉賛と勤労祀仕によって昭和18年(1943年)に竣工し、本殿座祭を斎行、県社に列した。

以上ウィキペディアより。

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蜂がいるのが恐ろしい。

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祭神の土御門天皇は、承久の乱で有名な後鳥羽上皇の長男です。温和な性格で乱には関わっていなかったので御咎めなしでしたが、「父が隠岐に流されてるのに、自分が京にいるのは忍びない」として自ら土佐に流されたやさしいお方。
土佐は遠かったので、阿波に移ってきて、この地で没したそうな。

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今でこそ明石海峡大橋とかですぐに本土と行き来できますけど、当時の四国なんて本気で流刑の地だったんでしょうね。隠岐や佐渡に流されるのと同レベルで。

一生帰れない場所に追放されるというのはどのような心境だったのでしょうか。