日枝神社

日枝神社

東京都千代田区永田町2−10−5

創建の年代は不詳である。文明10年(1478年)、太田道灌が江戸城築城にあたり、川越の無量寿寺(現在の喜多院・中院)の鎮守である川越日枝神社を勧請したのに始まるという。徳川家康が江戸に移封されたとき、城内の紅葉山に遷座し、江戸城の鎮守とした[1]。

慶長9年(1604年)からの徳川秀忠による江戸城改築の際、社地を江戸城外の麹町隼町に遷座し、庶民が参拝できるようになった。社地は家康により5石、元和3年(1617年)に秀忠により100石、そして寛永12年(1635年)に徳川家光からの寄付を加えて600石となった[2]。

明暦3年(1657年)、明暦の大火により社殿を焼失したため、万治2年(1659年)、将軍家綱が赤坂の松平忠房の邸地を社地にあて、現在地に遷座した。この地は江戸城から見て裏鬼門に位置する。

明治元年(1868年)11月の東京奠都の際に准勅祭社に指定された。その後明治3年(1871年)に神祇官直下から東京府管轄に移され、明治5年(1873年)の官国幣社の選定時にも漏れ、そのまま東京府の府社となった。1881年(明治14年)に、氷川神社宮司で日枝神社の祠官を兼ねていた平山省斎が、皇城鎮護の神社が府社であっていいはずがないので、官幣大社にしてほしいと願い出た。この時は官幣大社にならなかったが、東京府・内務省の賛成を得て1882年(明治15年)1月9日に官幣中社になった[3]。大正元年(1912年)には官幣大社に昇格した。

昭和20年(1945年)の東京大空襲で社殿が焼失し、昭和33年(1958年)に再建された。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9E%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%8D%83%E4%BB%A3%E7%94%B0%E5%8C%BA)



日枝神社

日枝神社 (2)

s-日枝神社御朱印帳

日枝神社にはオリジナル御朱印帳があります。

二度目の参拝日は、安田記念の日でしたね。試験後に、新橋で馬券を買いました。

シルポートさんビリでしたね。スマイルジャックさん頑張りましたね。

スマイルジャックってみんなの笑顔をジャックする(独占する)って意味なんですよね。いい名前やん。