2019年08月

太鼓谷稲成神社

太鼓谷稲成神社

島根県鹿足郡津和野町後田409

歴史
安永2年(1773年)、津和野藩7代藩主亀井矩貞が、藩の領民安寧のために京都の伏見稲荷大社から勧請を受け、三本松城(津和野城)の鬼門に当たる太皷谷の峰に社を創建したのに始まる。以降、歴代藩主の崇敬を受け、廃藩後は庶民も参拝できるようになり、中国地方有数の稲荷神社となった。

近年は「日本五大稲荷」を称している(他の4社は伏見稲荷大社・笠間稲荷神社・竹駒神社・祐徳稲荷神社)。

1935年(昭和10年)に郷社に列格した。拝殿、本殿は1969年(昭和44年)に建て直された[1]。

社名
津和野城の城山の一角に位置し、江戸期には時刻を知らせる太鼓が鳴り響いた谷間であったことから太鼓谷と呼ばれる[4]。「稲成」と表記するのは、願い事が叶うようにとの思いからとされる[4]。 もとより藩主のみ崇敬を許される城内社であったが、ある日城の御蔵番が蔵の鍵を紛失した廉にて切腹の沙汰を申し付けられ、禁を犯して七日七晩願掛けに通ったところ、願い叶って蔵の鍵が見つかり助命されたという故事より、“成”の字を用いるようになったと伝わる[5]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E7%9A%B7%E8%B0%B7%E7%A8%B2%E6%88%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE



太鼓谷稲成神社

太鼓谷稲成神社 御朱印帳
オリジナル御朱印帳ありました。品切れしていたので郵送していただきました。

太鼓谷稲成 (1)
石見旅行の最後に立ち寄ったのがこちらの神社。

太鼓谷稲成 (2)
手水舎

太鼓谷稲成 (3)
津和野の町を眺める。

太鼓谷稲成 (4)

太鼓谷稲成 (6)

太鼓谷稲成 (5)
立派な神社です。県内二位の年間参拝客も納得。

参拝後、どっと疲れが出てきたので帰ることにする。萩まで行きたかったけどまた今度や。

インターのカレー
帰りにサービスエリアでカツカレーを食す。

帰るのに6時間くらいかかりました。萩まで行かなくてよかった。


柿本神社

高津柿本神社

島根県益田市上高津町イ2612-1

晩年に国司として石見国に赴任した柿本人麿が、和銅年間に「鴨山の磐根し枕(ま)ける吾をかも 知らにと妹が待ちつつあらん」の辞世の歌[1]を詠んで益田川河口(旧高津川河口)の鴨島に没したので、神亀年間にその霊を祀るために石見国司が聖武天皇の勅命を受けて鴨島に人丸社を創祀したのに創まるといい、また天平年間には人丸寺も建立したという[2]。

人麿の没年には、慶雲4年(707年)説、和銅2年(709年)説、神亀元年(724年)説などがあって定かではなく、またその終焉伝承地も安来市の仏島など島根県内だけでも各所にあって定説を見ないが、当神社の西方4kmほど離れた益田市戸田町の戸田柿本神社[3]には人麿が柿の木の下で生まれたという樹下誕生譚や遺髪塚があり、当地一帯が柿本氏と縁のあったことが想定できる[4]。ちなみに高津町や戸田町は、古く石見国美濃郡小野郷に相当し、郷名は古代豪族小野氏の移住、開拓に由来するとされるが[5]、柿本氏はその小野氏の支族である。

万寿3年(1026年)の地震とそれに伴う大津波で鴨島とともに海中に没したが、神像は高津の松崎に流れ着いたため、その地に社殿と別当寺としての人丸寺が再建された。その後、後鳥羽天皇の時代には石見国司平隆和によって社殿の改築と水田10町歩の寄進が行われている。

江戸時代に石見銀山奉行の大久保長安による造営と金の灯籠が献納され、更に延宝9年(天和元年とも、1681年)風水難を案じた津和野藩主亀井茲親によって高津城のあった現在地に移築された[6]。同じ頃、都にあっては霊元上皇が古今伝授に際して祈祷を命じたり、後に宸筆の御製歌を奉納したりと和歌の神として崇敬し、享保8年(1723年)、柿本人麿の一千年祭と称して「柿本大明神」の神号と正一位の神階が宣下された。また現地にあっても一千年祭を斎行するとともに、別当人丸寺を真福寺と改称している。以後歴代天皇を始め親王や公卿にあっては特別に法楽を営んで和歌を短冊に認めて奉納、歌道の上達を願う風が流行する一方、津和野藩では享保13年(1728年)に社領13石を寄せ、石見産紙の祖神に位置づけて、藩内第一の神社と崇めた。

慶応元年(1865年)に真福寺を廃して社号を「柿本神社」に改め、近代社格制度では県社に列した。

以上ウィキペディアより。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%B4%A5%E6%9F%BF%E6%9C%AC%E7%A5%9E%E7%A4%BE



柿本神社

柿本神社 (3)
柿本神社に来ました。

こちら、あの有名な柿本人麻呂様を祀っているそうです。

柿本神社 (2)
コイ

柿本神社 (1)
落ち葉を焼いているようで煙が出てます。

柿本神社 (4)

柿本神社 (5)

柿本神社 (6)
手すりに詩みたいなの飾ってるのは歌人を祀ってるからですかね

柿本神社 (7)
手水舎

柿本神社 (8)
柿本人麻呂像

あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の
   長々し夜を ひとりかも寝む


柿本神社 (9)

柿本神社 (10)
ここで気づいたのですが予備として持って来ていた御朱印帳が既に埋まってるやつでした。慌てて旅立ったから気づかなかった。

強行軍過ぎたためかここでどっと疲れが出てきました。出雲からここまで来るのも長いもんなあ。江の川高校で有名な江津市とか通り抜けるのに時間かかるし。ずっと山の中の道ですし。

そろそろ帰路につくことが頭によぎった瞬間でした。

染羽天石勝神社

染羽天石勝神社

島根県益田市染羽町1−60

染羽天石勝神社
書置きをいただきました。

益田の景色
高台から益田の街を眺める。いい景色である。

染羽天石勝神社 (5)
益田東高校の隣にある神社に来ました。『そめばあめのいわかつじんじゃ』って読むんですね。読めません。

染羽天石勝神社
鳥居を潜り抜けないと駐車できない立地。

染羽天石勝神社 (1)
校庭からお祭りのような音が聞こえてきますが、これが石見神楽ってやつかな?

染羽天石勝神社 (2)
手水舎

染羽天石勝神社 (3)

染羽天石勝神社 (4)
お留守でしたが書置きがあってよかった。

濱田護國神社

濱田護國神社

島根県浜田市殿町123-10

濱田護國神社(はまだごこくじんじゃ)は、島根県浜田市の浜田城(亀山城)址にある神社(護国神社)である。

明治維新後の国難に殉じた旧石見国出身の戦没者約2万3千柱を祀る。島根県内には他に松江護國神社がある。

歴史
浜田では、明治39年(1906年)より年2回の浜田招魂祭が行われていた。昭和10年(1935年)に島根県招魂社建設奉賛会が組織され、昭和13年(1938年)に濱田招魂社として創建・鎮座した。翌昭和14年(1939年)、招魂社の制度改革により濱田護國神社となった。第二次大戦後は鎮座地名から亀山神社と称していたが、日本の主権回復後に元の社名に復した。

施設
境内にはラッパ卒木口小平の像、島村抱月の碑などがある。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%B1%E7%94%B0%E8%AD%B7%E5%9C%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE



濱田護国神社

濱田護国神社 (2)
細い上り坂を抜けると神社がありました。対向車こなくてよかった。

濱田護国神社 (1)
護国神社なので慰霊碑が並んでますね。

濱田護国神社 (4)
浜田城の跡地だそうです。長州征伐で焼かれたそうな。

濱田護国神社 (6)
手水舎

濱田護国神社 (7)
木口小平像
『シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ』

濱田護国神社 (8)
母の像

松江の護国神社でも見た気がします。護国神社の定番ですな。

濱田護国神社 (9)

濱田護国神社 (10)
本殿がコの字型に配置されてるの珍しいですね。



出雲大社石見分祀

出雲大社石見分祀

島根県浜田市田町108

出雲大社石見分祀

出雲大社石見 (1)
浜田の街で飲み食いしすぎたためか少し寝すぎた。9時半ごろにチェックアウト。

せっかく浜田市まで来たので浜田の神社を参拝します。

出雲大社石見 (2)
手水舎

出雲大社石見 (3)

出雲大社石見 (4)
社務所留守かなーと思いましたが人がいました。観光地ではない神社だと留守のことが多いのでご在宅のときはありがたいですね。

物部神社

物部神社

島根県大田市川合町川合1545

社伝によれば、饒速日命の御子の宇摩志麻遅命は、神武天皇の大和平定を助けた後、一族を率いて美濃国・越国を平定した後に石見国で歿したという。宇摩志麻遅命は現在の社殿の背後にある八百山に葬られ、継体天皇8年(514年?)、天皇の命によって八百山の南麓に社殿が創建されたと伝えられる。

神階は貞観11年(869年)に正五位下に叙され、同17年(875年)に正五位上に、元慶元年(879年)に従4位下に[1]、天慶4年(941年)に従四位上に[2]昇叙した。延喜式神名帳では小社に列し、石見国一宮として歴代領主の崇敬を受けた。

社家については、景行天皇の時代に物部竹子連が石見国造に任ぜられ、その子孫は川合長田公を名乗り代々祭祀を行っていたというが、文治4年(1184年)金子家忠が安濃郡の地頭として赴いたときに子の道美が取って代わって当社の神主となり、以降金子氏が代々の祭祀を行うようになったという[3]。戦前に金子氏は出雲大社の千家・北島両家や、日御碕神社社家(島根県出雲市大社町)の「小野家」と並び、全国14社家の社家華族(男爵)の一つに列する格式を有していた。

以上ウィキペディアより。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%A9%E9%83%A8%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A4%A7%E7%94%B0%E5%B8%82)



物部神社

物部神社
長浜神社参拝後、本日最後の神社として物部神社に参拝。

物部神社 (2)

物部神社 (1)
手水舎

物部神社 (4)
手水石に特殊な霊気があるらしい

物部神社 (3)
触ってみる。霊気を感じますな。

物部神社 (7)
見覚えのあるイラスト。イラストレーターが島根の人のようですね。

物部神社 (8)
シンボリルドルフの父!?確認しないと

物部神社 (9)
ありました。

物部神社 (10)
シンボリ牧場の和田さんが氏子だったんですね。

物部神社 (5)

物部神社 (6)
地元のおばあちゃんに授与所で話しかけられた。

私の前に参拝していたおじさんは大阪から来て、昨日は山口にいて豪雨で身動きが取れなかったらしい。大田市で宿を確保しようと巫女さんにこの辺で栄えてる場所を聞いていました。

私は出雲から西進しているのでおじさんとは逆の動きをしていますね。がんばってください。

浜田の居酒屋 (1)
今夜の宿を浜田市に決め、コインパーキングに駐車したところ、こないだまで一緒に仕事してて浜田に転勤した先輩と遭遇!

なんて世間は狭いのか

先輩おすすめの居酒屋に連れて行ってもらう。

浜田の居酒屋 (5)
地元の日本酒を飲む。

浜田の居酒屋 (4)
島根感のあるものを注文してみる。

浜田の居酒屋 (3)
のどぐろは食べたほうがいいと勧められたため注文。

しかしまさか約束もしてないのに遭遇するとは。おもしろいもんだ。

夜の浜田駅
先輩と解散し、夜の浜田駅前を散策。

濱田のラーメン (1)
ラーメン屋があるので立ち寄る。

濱田のラーメン (2)

濱田のラーメン (3)
ラーメンとキムチチャーハンとレモンサワーを頼むも、寝不足と日本酒の飲みすぎと疲労からかまったく進まず。

疲れてますな。

長浜神社

長浜神社

島根県出雲市西園町上長浜4258

長浜神社

長浜神社 (1)
ふもとに駐車しましたが参道が険しそう。

長浜神社 (2)
参道長いなあ。杖も置かれてるし。

長浜神社 (3)

長浜神社 (4)
手水舎

長浜神社 (5)

長浜神社 (6)
さらに石段

長浜神社 (7)
登り切った

長浜神社 (8)
手水舎かと思ったら蝋燭立てでした。

長浜神社 (9)

長浜神社 (10)
こちらの神社、御朱印の種類たくさんあるようでした。興味のある方はぜひご参拝ください。

ちなみに私が拝受したのは金色のやつらしいです。

日御碕神社

日御碕神社

島根県出雲市大社町日御碕455

下の本社(日沈の宮・日沉の宮、ひしずみのみや)は天暦2年(948年)、村上天皇勅命により祀り、上の本社(神の宮)は安寧天皇13年(紀元前536年)、勅命により祀られ、総称して日御碕大神宮とされた。出雲國神仏霊場20番。

「日沈の宮」の名前の由来は、創建の由緒が、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けた神社、である事による。

現在の社殿は3代将軍・徳川家光の命により幕府直轄工事として日光東照宮完成直後の寛永十一年から二十一年までの期間を掛けて造営されたものであり、権現造様式が採用されている。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E5%BE%A1%E7%A2%95%E7%A5%9E%E7%A4%BE



日御崎神社

日御崎神社 (1)
出雲大社から海沿いの道を走ると到着。

日御崎神社 (7)
海が近い。

日御崎神社 (8)
海側から見るとこんな感じ。

日御崎神社 (3)
手水舎

日御崎神社 (2)

日御崎神社 (6)

日御崎神社 (4)

日御崎神社 (5)

道中に海水浴場ありましたけどなかなか激しい波が来てました。日本海危険やわ。

天神社

天神社

島根県出雲市大社町杵築東真名井194

天神社
北島国造館の授与所でいただけます。

天神社 (1)
池があります。

天神社 (2)
天神社の旗がありますね。

天神社 (3)
滝が流れ落ちています。

天神社 (5)
この立地は天神社というより弁財天っぽいですね。

天神社 (4)
池の真ん中で涼しい参拝でした。

北島国造館

北島国造館

島根県出雲市大社町杵築東194

北島国造館

北島国造
出雲大社の東側にあります。

北島国造 (1)
結婚式をおこなったりするようです。

北島国造 (2)
日が高くなって暑くなってきました。出雲大社広いからかなり歩くし。