2018年01月

初えびす多賀殿

初えびす多賀殿

愛知県名古屋市熱田区神宮2丁目11−12

多賀殿
こちら、神社と寺の御朱印があるそうです。私は神社のものをいただきました。

多賀殿 (1)
熱田神宮の南に看板がありました。

多賀殿 (4)
建物の雰囲気からすると、神社?

多賀殿 (2)
神社っぽいですね。

多賀殿 (3)
社務所の人に、神社なのか寺なのか伺うと、写真の二つの建物は神社で、社務所の上?に寺があるそうです。

神仏習合の影響のようですね。

多賀殿 (5)
ひつまぶしのお店、めっちゃ混んでました。人気店のようです。

ひつまぶし食べたいなあ。

カフェ (2)
雨も降ってきて、歩き回るのにも疲れたので、名駅に帰る。

カプセルホテルのチェックインまで時間あるので、カフェで休憩。

16時にチェックインし、カプセルホテルでしばし横になる。あ~休まるわ~。

鍋 (2)
夜は学生時代の同期&後輩と名古屋コーチン鍋!高島屋の上に入ってるお店なので高級感ありますね!

鍋 (3)
味噌味と醤油味がありますが、余所者の私は迷わず味噌味をチョイス。名古屋といえば味噌味ですよね。

〆さば
駅ビル内のすし屋で飲みなおす。昔話も懐かしい。歳ですね。

平日の夜から飲みに付き合ってくれた友人に感謝です。名古屋は意外とすぐ来れるし、いいところですわ。

八剣宮・上知我麻神社

八剣宮・上知我麻神社

愛知県名古屋市熱田区神宮1丁目1−1

別宮八剣宮

上知我麻神社
上知我麻神社の御朱印もいただけます。

別宮八剣宮 (2)
熱田神宮参拝後、別宮の八剣宮へ向かいます。

参道を南へ進む。

別宮八剣宮 (1)
ニワトリ

別宮八剣宮 (3)
ありました。

別宮八剣宮 (4)

別宮八剣宮 (5)
手水舎

別宮八剣宮 (6)
こちらが八剣宮ですね。

別宮八剣宮 (7)

別宮八剣宮 (10)

別宮八剣宮

別宮八剣宮 (9)
こちらが上知我麻神社ですね。

お金持ちになれますようにと祈願。

生きている人は、金があれば幸福になれるといつも考えているのだ ―オスカー・ワイルド 幸福の王子より―

熱田神宮

熱田神宮

愛知県名古屋市熱田区神宮1-1-1

熱田神宮(あつたじんぐう)は、愛知県名古屋市熱田区にある神社。式内社(名神大社)、尾張国三宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。宮中の四方拝で遥拝される一社。神紋は「五七桐竹紋」。

名古屋市南部の熱田台地の南端に鎮座する。古くは伊勢湾に突出した岬上に位置していたが、周辺の干拓が進んだ現在はその面影は見られない。

三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る神社として知られる。なおこの剣は、鎮座の後も、盗難に遭ったり(「草薙剣盗難事件」を参照)、形代が壇ノ浦の戦いで遺失するなどの受難にみまわれている。(「天叢雲剣」を参照)。また、景行天皇43年創建と伝えられており、同年は西暦に換算した場合に113年とされることから、2013年(平成25年)に創祀1900年を迎えるとされ、同年5月8日に「創祀千九百年大祭」が行われた。

建物は伊勢神宮と同じ神明造であるが、1893年(明治26年)までは尾張造と呼ばれる独特の建築様式だった(境外摂社の氷上姉子神社に尾張造の建築様式が残っている)。

以上ウィキペディアより。

熱田神宮

熱田神宮 (1)
地下鉄乗り放題切符を使って、神宮西で下車。熱田神宮に来ました。

熱田神宮 (2)
出店もありますね。流石熱田神宮、大きい神社です。

熱田神宮 (3)
参拝客も多いです。

熱田神宮 (4)
手水舎

熱田神宮 (6)
熱田神宮の歴史を読みます。

歴代の為政者から崇拝されてきたようですね。

熱田神宮 (7)

熱田神宮 (8)

熱田神宮 (9)
流石熱田神宮。今回の旅行で参拝した神社の中ではダントツの参拝客数ですな。

城山八幡宮

城山八幡宮

愛知県名古屋市千種区城山町2-88

この地域一帯は、江戸時代以前は尾張国愛知郡末森村といわれていた。500年以上前より楠という字(現在の千種区春里町)に八幡社が鎮座していたが、織田信行が白山比咩神社を勧請して以来末森城址にあった白山社、ほか末森村内の浅間社、山神社、一ノ御前社を明治41年(1908年)に合祀し、改めて創建となった。

明治45年(1912年)、末森城跡地が八幡社の所有地となり、昭和11年(1936年)に現在地に遷座した。昭和31年(1956年)に現在の城山八幡宮に改称した。

城山八幡
織田信秀と織田信行の名前がありますね。末盛城は、信長に謀反を起こした弟信行のお城ですね。

城山八幡 (1)
結局ビジホで寝すぎて、昼前に覚王山到着。

城山八幡宮へ向かいます。斜面しんどい。

城山八幡 (2)
着いた。立派な鳥居。

城山八幡 (3)

城山八幡 (4)

城山八幡 (5)
手水舎

城山八幡 (6)

城山八幡 (7)
こちらの神社、御朱印が複数あり、申込用紙に希望の御朱印の番号を書いて提出するシステムでした。

私は織田信秀、信行親子の名前が入っているものにしました。おもしろいシステムですね。書き間違いとかのヒューマンエラーを減らせるのかもしれない。

玉屋 (1)
参拝を終えると、もうお昼時に。今日のランチはこちらの玉屋さんでいただきます。

玉屋 (2)
いい店構えですね。

玉屋 (3)
こういう定食屋さん好きです。開店してすぐでしたが、かなり賑わってました。

玉屋 (4)
メニューも豊富ですね。何を食べようか悩みます。

「カツ丼大盛りお願いします!」

「量多いですよ?」

「いけます!」

どうも店員さんは私がオッサンだから大盛りを食べられないと思ったようですね。見くびられたものですな。

玉屋 (5)
で、持ってこられたカツ丼大盛りがこちら。

大盛りすぎじゃない?

玉屋 (7)
完食。胃腸に大ダメージでしたが、美味でした。次回は並盛りにします。





三輪神社

三輪神社

愛知県名古屋市中区大須3丁目9−32

三輪神社
成人の日限定の御朱印だそうです。かわいい。

他にも御朱印種類ありました。年始だからですかね。

フジヤマ55 (2)
時計を見ると15時。ランチには遅い時間ですが、目的の神社近くにあるラーメン屋に入る。

フジヤマ55のラーメン大盛り、肉追加です。自分で注文したけど多いな!

フジヤマ55 (1)
二郎系っぽいんですが、スープは魚介系の味がするんですよね。不思議。

苦しみながらも完食。

三輪神社 (2)
神社はフジヤマ55の目の前にあります。

三輪神社 (1)

三輪神社 (3)
手水舎

三輪神社 (5)

三輪神社 (4)
もういい時間なのと、雨に打たれて疲れたので栄のビジホに向かう。適当に抑えたら駅から結構遠かった。

晩酌
新栄で遊んだのち、ビジホで晩酌。

VODでトムクルーズの映画を見て寝ました。寝付いたの3時。どうも正月から生活リズムが乱れてよくない。

若宮八幡社

若宮八幡社

愛知県名古屋市中区栄3-35-30

若宮八幡社(わかみやはちまんしゃ)は、愛知県名古屋市中区栄にある神社。旧社格は県社。神社本庁が包括する別表神社。名古屋総鎮守とされる。

名古屋市街を東西に貫く100m道路である「若宮大通」の名は、この若宮八幡社から採っている。「若宮八幡宮」とも呼ばれる。

天武天皇朝の創祀とも、大宝年間(701~704年)に現在の名古屋城三の丸の地に創建されたとも伝わり、延喜年間(901~923年)に再興されたという。かつては天王社(現在の那古野神社)と隣接していたが、天文元年(1532年)の合戦で社殿を焼失し、天文8年(1540年)織田信秀により再建され、慶長15年(1610年)の名古屋城築城の際に現在地に遷座した。

それより前、豊臣秀吉より200石を寄進され、江戸時代は尾張徳川家の氏神であり、名古屋の総鎮守であると崇敬され、元禄2年(1689年)には尾張藩藩主徳川光友より社領100石が寄せられると共に社殿の造営がなされた。

以上ウィキペディアより。

若宮八幡社

神御衣神社

摂社の神御衣神社の御朱印もいただけます。ハートマークですね。

若宮八幡 (1)
市役所駅から地下鉄に乗り、矢場町で下車。少し歩いて到着。

若宮八幡 (2)
大通りに面してますね。好立地です。

若宮八幡 (3)
手水舎

若宮八幡 (6)

若宮八幡 (7)

若宮八幡 (8)

若宮八幡 (9)

若宮八幡 (10)

若宮八幡
神御衣神社

やっぱり恋愛祈願の参拝客が多いのかなあ。

若宮八幡 (4)
正月っぽい飾りが

若宮八幡 (5)
大通りを渡って次の目的地へ向かいます。


愛知縣護国神社

愛知縣護国神社

愛知県名古屋市中区三の丸一丁目7番3号

明治元年(1868年)、尾張藩主徳川慶勝が、戊辰戦争で戦死した藩士ら25人の霊を、現在の名古屋市昭和区川名山に祀り、翌明治2年5月、「旌忠社」として祠を建てたのに始まる。1875年(明治8年)に招魂社となり、1901年(明治34年)には官祭招魂社となった。1918年(大正7年)、城北練兵場(現在の名城公園北園内)に、更に1935年(昭和10年)には現在地に遷座、1939年(昭和14年)に愛知縣護國神社に改称した。第二次世界大戦後「愛知神社」に改称していたが、1955年(昭和30年)に元の社名に復した。

1935年(昭和10年)遷座時の社殿は、1945年(昭和20年)3月19日の空襲で一切を焼失した。1958年(昭和33年)に本殿・拝殿等、1982年(昭和57年)に社務所、1998年(平成10年)に神門・舞殿・廻廊が再建された。 また、2008年(平成20年)4月には特攻勇士の像が建立された。

以上ウィキペディアより。

愛知県護国神社

愛知県護国神社 (2)
名古屋城の南、役所の建物が並ぶ中心地にあります。

愛知県護国神社 (1)
護国神社って大きい鳥居のところが多いですよね。

愛知県護国神社 (3)
手水舎

愛知県護国神社 (4)
黒ネコ

愛知県護国神社 (5)
正月っぽい飾り

愛知県護国神社 (6)
雨の中の移動ですでに疲れてきました。

市役所駅まで歩き、次の目的地へ向かいます。

名古屋東照宮

名古屋東照宮

愛知県名古屋市中区丸の内2-3-37

尾張藩初代藩主徳川義直が、父徳川家康の三回忌である1618年(元和4年)に大祭を行い、翌1619年(元和5年)、名古屋城内三の丸に取り込んだ亀尾天王社(現在の那古野神社)の隣地に東照宮を勧請し、成瀬正成、竹腰正信を奉行にし、南天坊天海を導師とし9月17日家康の神像を祀ったのが創祀。三之丸東照宮とも呼ばれた。創建当時の境内は3600坪もあったといい、本殿の社殿には権現造、楼門、唐門、渡殿、祭文殿等があり、東照宮として最も豪華であったといわれ、社殿などには極彩色がほどこされた華麗なものであったと言う。

1875年(明治8年) 名古屋鎮台が城内に置かれたのを機に、天王社とともに旧藩校明倫堂跡地である現在地に仮遷座した。1876年(明治9年)本遷座。社格は1872年(明治5年)5月の時点では村社だったが、1875年(明治8年)8月に県社に昇格した。また当時、名古屋東照宮は国宝に指定されていた。

1875年(明治8年)、後に第二代名古屋市長となる志水忠平が東照宮に徳川義直の合祀を請い、許可を得て同年6月20日、奉斎式を行った。

1898年(明治31年)、初代名古屋市長だった中村修が東照宮に徳川慶勝の合祀を請い、許可を得て奉斎。

1924年(大正13年)10月28日、義直・慶勝の御霊を旧藩士が新たに創建した尾陽神社に遷して奉斎。

1945年(昭和20年)5月14日の空襲により、義直以来の本殿、主要建造物を焼失したが、1954年(昭和29年) 建中寺より義直の正室春姫(高原院)の御霊屋を移築して社殿とした。この御霊屋は1651年(慶安4年)に万松寺境内に建てられ、1914年(大正3年) に建中寺へ移築されたものであった。1960年(昭和35年)に愛知県の有形文化財に、また1992年(平成4年)には名古屋市の都市景観重要建築物に指定されている。

以上ウィキペディアより。

名古屋東照宮
見開きで、福神社の御朱印もいただきました。

東照宮 (1)
那古野神社の隣に東照宮があります。

東照宮 (2)

東照宮 (3)
手水舎

東照宮 (6)
福神社にも参拝。

東照宮 (9)
縁起のよさそうな名前の神社です。

東照宮 (7)

東照宮 (8)

東照宮 (4)

東照宮 (5)
愛知は三英傑の地元だけあって、戦国時代好きには楽しい街ですね。


那古野神社

那古野神社

愛知県名古屋市中区丸の内二丁目3-17

創建は醍醐天皇の御代、延喜11年(911年)と伝わる。津島牛頭天王社(つしまごずてんのうしゃ、現在の津島神社)を総本社とする天王社のひとつで、当初は亀尾天王社と呼ばれた。天文元年(1532年)の合戦で社殿を焼失したが、天文8年(1540年)織田信秀により再建されている。創建時より若宮八幡社と隣接していたが、慶長15年(1610年)の名古屋城築城の際に、当神社のみ三の丸の郭内に取り込まれ、若宮八幡社は城外に遷座した。これより、三之丸天王社とも呼ばれ、城の総鎮守、城下町の氏神とされた。またこの時、新たに三之丸東照宮(現・名古屋東照宮)と隣接している。

明治維新時に須佐之男神社と改称し、1876年(明治9年)名古屋鎮台が城内に置かれたのを機に、東照宮とともに旧藩校明倫堂跡地である現在地に遷座、1899年(明治32年)に那古野神社と改称した。1900年(明治33年)には能舞台兼用の神楽殿が建てられて月次能が催されるなどしたという。神社は1945年(昭和20年)3月19日の名古屋大空襲で本殿などを焼失[4]、戦後再建された。なお、前述の神楽殿は戦災を免れたが1992年(平成4年)に火災で焼失している。

以上ウィキペディアより。

那古野神社

名古屋駅 (2)
強引な有給消化で6連休となり、とくにすることもないので名古屋に来ました。

社会人成り立てのころはよく遊びに来てましたが、最近は来ることも減りましたね。3連休最終日で天気も悪いからか、人も少なく感じます。

名古屋駅 (1)
名古屋市内を散策するのは初めてなので、情報を集めましょう。

地図
地図をもらいました。これを参考に散策しましょう。

名古屋神社 (1)
雨の中、東に進んでいくと神社を見つけました。

名古屋神社 (2)

名古屋神社 (3)

名古屋神社 (4)

名古屋神社 (5)

名古屋神社 (7)
雨の中、傘を差しつつ写真を撮るのは難しい。

白峰宮

白峰宮

香川県坂出市西庄町1719番地

白峰宮(しらみねぐう)は、香川県坂出市に鎮座する神社。明ノ宮(あかりのみや)とも。旧社格は県社。

保元の乱(1156年)によって讃岐国へ配流された崇徳上皇は、長寛2年(1164年)に崩御するまでの9年間を讃岐で過ごした。上皇の崩御後、遺体を当地の清水に浸しておいたところ毎夜この辺りから神光が輝いたことから、二条天皇の宣旨を受け長寛2年(1164年)に造営されたと伝える。後嵯峨天皇の時代には荘園などが施入されている。

江戸時代には崇徳天皇社野沢井宮・崇徳天皇明の宮などと呼ばれ、金華山妙成就寺摩尼珠院と一体の存在として四国八十八箇所の七十九番札所であった。

摩尼珠院は行基が創建し、空海(弘法大師)が再興したと伝えられ、崇徳上皇もよく訪れたという。崇徳天皇社が創建されてからしばらく後、後嵯峨天皇の宣旨によりその別当寺となり「天皇寺」と称するようになった。

しかし、明治の神仏分離の折、崇徳院御霊は京都白峯神宮へと戻り、崇徳天皇社は白峰宮となり、天照大神と金山御神体カナヤマビメとカナヤマビコを祀る神社となっている。 また、その時に摩尼珠院は廃寺とされたが、明治20年に筆頭末寺の高照院がその跡に移転し、天皇寺を再興して札所を引き継いだ。現在、白峰宮の三ツ鳥居(三輪鳥居)から社殿に向かう参道の両脇に天皇寺高照院の境内がある。なお、三ツ鳥居には享保19年(1734年)衆力合成惣氏子中と刻まれている。

以上ウィキペディアより。

白峰宮
さぬき十五社巡りの一社です。

白峰宮 (2)
あけましておめでとうございます。

今日は三重までツーリングしようかと思っていたんですが、出発直前(午前1時)に友人から連絡が来たので取りやめ。

大麻比古神社で初詣して、マクドナルドで朝6時まで滞在、帰宅して昼まで寝たことで、当初予定が大幅に崩れたことから、目的地を変更し、坂出の白峰宮に来ました。

こちらの神社、以前に参拝したことがあるんですが、授与所が留守だったのでご朱印はいただいてないんですよね。

白峰宮 (1)
三輪鳥居。珍しいですね。

崇徳天皇の文字があります。

s-崇徳院
崇徳天皇。怨霊と化してます。

白峰宮 (3)
元旦ということもあり、初詣客がいますね。

白峰宮 (6)
ネコ。

白峰宮 (7)
首輪があるため飼い猫の様子。

白峰宮 (8)
手水舎。水が冷たい。

白峰宮 (9)

白峰宮 (10)
授与所に人が二人おり、御朱印をお願いすると、家に戻って対応してもらえました。

ダウンジャケットの上に、MA-1ジャケットを着てきましたが、寒いです。九州ツーリングで雨に打たれて凍死しかけたことを思い出しました。やっぱ1月は寒い。

白峰宮 (12)
暖をとるためにすき家で豚汁おしんこセットを注文。美味いわー。

タイツ+チノパン+レインコート着用でしたが、帰宅してもまだ足が凍えてました。

次の連休も神社巡りをしようと思っていましたが、寒さ対策を考える必要がありますね。雨に打たれたら死にますし。