2016年09月

五十稲荷神社

五十稲荷神社

東京都千代田区神田小川町3-9

五十稲荷神社
社務所の前に書置きがありました。

ガヴィアル
神保町で友達と待ち合わせ。ガヴィアルでお食事です。ポークカレーおいしいです。

五十稲荷神社 (1)
さぼうるでコーヒーを飲んだ後、神社に来ました。さぼうるすごい混んでますね。田舎ものには閉塞感がつらいです。

五十稲荷神社 (4)
こちらの神社も、なかなかの狭小物件です。流石大都会千代田区。

五十稲荷神社 (3)

五十稲荷神社 (2)
雨の参拝でしたが、来たことない神社にこられてよかったです。

4連休でしたが、カレーを4回食しました。おいしかったです。カレーは飲み物です。

薫的神社

薫的神社

高知県高知市 洞ヶ島町5-7

一、御神徳 学問の神、芸術、武術にも優れ苦難の生涯を経たことから、勝運の神様として信仰されその御神徳は広大無辺である。

一、御社号 明治三年に洞ヶ島(ほらがしま)神社と称し、昭和二十四年十一月、大神様の御名を冠して、薫的神社と改称した。一般には常に「薫的さん」の名で親炙されている。

以上ホームページより。

薫的神社

薫的神社 (1)
入明駅からすぐにあります。

薫的神社 (2)
吉田茂総理大臣が書いているそうです。すごい。

薫的神社 (3)
工事してますね。

薫的神社 (6)
淡島さまや!日本人形の大群を思い出して恐怖する。

薫的神社 (4)

薫的神社 (5)
小津神社と薫的神社の御朱印をいただこうと社務所に行くと、宮司さんは外出中。

書置きをいただこうとすると、なにやら様子がおかしい。

「日付が間違えてます。郵送でお送りしましょうか?」

書置きの日付が平成27年になっていたようです。郵送でいただくのも手間をかけて申し訳ないので、このままいただきました。

この後、特急で帰りました。友人から誘われたので夜は飲みに繰り出しました。25時ごろ解放されました。満身創痍です。

小津神社

小津神社

高知市幸町九番一号

創建は一〇〇〇年以上前とされる。
 一〇〇〇年以上昔、現在の高知市中心部は海であった。小津神社は創建の当初五〇〇年以上の間、久万に鎮座し、その名を熊野大権現と称された。その後、現在の小津町、大高坂山(高知城)の麓に移転したと云われています。津は港を意味し、『小津』という名から、船着き場の海上安全の神様、厄難消滅の神様として祀られたとされる。
 現在残っている記録としては、鰐口に刻まれる銘に、文明六年(西暦一四七四年)土佐郡大高坂郷の氏神として小津村に鎮座したと最初に見ることが出来る。
 その後、山内一豊が、関ヶ原の功績により、土佐藩を治める事になり、大高坂山に城を築城にすることに伴ない、寛文十一年(西暦一六七一年)現在地に移転。現在に至る。
 出雲系、紀州熊野三社権現那智大社を御本社とし、厄除け、病気平癒、海上安全、交通安全、商売繁盛、良縁招福のご神徳があります。

以上ホームページより。

小津神社
社務所で書置きをいただきました。

小津神社 (2)
高知駅から西に一駅の、入明駅下車。小津神社は駅からすぐの場所にあります。

小津神社 (1)
駅から近いってすばらしいよね。この暑さで徒歩20分とかだと死人が出ますからね。

小津神社 (4)

小津神社 (3)
大きな大黒様。

小津神社 (5)

小津神社 (6)
宮司さんは近くの薫的神社にいらっしゃるとのこと。向かいます。

掛川神社

掛川神社

高知県高知市薊野中町8−30

掛川神社
御朱印は高知八幡宮でいただけます。

焼きラーメン
仕事も終わり、時間があったので後輩たちと昼食。高知駅北口の焼きラーメン千秋へ。

ライス小を頼んだらおかしなものが出てきました。炭水化物取りすぎです。

掛川神社 (1)
帰りの特急まで時間があるので、神社参拝します。薊野の掛川神社です。

高知駅から一駅ですけど、あたりは住宅地ですね。

掛川神社 (3)

掛川神社 (2)

掛川神社 (4)

掛川神社 (5)

掛川神社 (6)

掛川神社 (7)

掛川神社 (8)

掛川神社 (9)

掛川神社 (10)
この後、薊野駅でJRを暑い中待つことに。薊野ってアゾウノって読むんですね。あざみ野とは違うんですね。

釣船神社

釣船神社

高知八幡宮の境内社です。

【祭神】
釣船大神(つりぶねおおかみ)

きすご絵馬 社伝によりますと、「その昔、御畳瀬(みませ)の浦の船が釣りをしているとキスゴ(鱚)の漁が多く、その中に御神体を釣り上げて、釣船大神と祭った」とあります。古来、熱病退散の霊験著しく、遠近から日々参詣祈願者が絶えません。また、祈願、奉賽には 鱚をお供えする風習があり、一般には「きすごさま」と呼ばれています。

以上ホームページより。

釣船神社
高知大神宮の社務所で御朱印対応いただけます。

釣船神社

釣船神社 (2)

釣船神社 (1)
こちらの神社は熱病に効くようです。現在私は体調良好なので、今後の健康を祈願しておきました。

はりまや橋 (1)
職場までの道中に有名なはりまや橋があったので記念撮影。

はりまや橋 (2)
みんな撮影していますね、さすが日本三大がっかり観光名所。

立志社
立志社跡。板垣死すとも自由は死せず!

ランチ
くっそ暑いのでカフェで休憩。なぜこんなに暑いのか。

ひろめ市場 (2)
仕事も終わらせて晩御飯はひろめ市場へ。

ひろめ市場 (1)
暑いときのビールは美味いね!この後二次会→屋台の激辛ラーメンとはしごして臓器破壊して帰りました。高知楽しいです。

高知八幡宮

高知八幡宮

高知県高知市はりまや町3丁目8-11

約700年前、南北朝の頃、高知市周辺の領主で南朝の忠臣 大高坂松王丸 が大高坂城(高知城)の守護神として京都石清水八幡宮から城内に勧請したと伝えられています。慶長年間(400年前) 山内一豊公 が土佐に入国、高知城築城に際し、西ノ口御門内杉に社殿を建立し、本丸から遷座(この際、江州長浜の宇佐八幡宮を合祀)、以降、270年間この地に鎮座し、 城内城下鎮守の神 として崇敬されてきました。特に藩主の崇敬篤く土佐藩主直祭社となるとともに、城下高知街、北町、下知村の産土神(氏神)として城外尾土(城のすぐ北側)に遥拝殿を設けて氏子の祭祀を奉仕して来ました。旧藩時代(江戸時代)の当宮の祭礼は 高知祭 と称し盛大を極めた記録が多く残っております。

明治維新後、「氏子の中心地へ氏神様を迎えたい」との城下庶民の強い懇望により、明治3年尾土の遥拝殿を、同4年、城内鎮座の本宮を氏子の中心地である現在地に奉遷しました。また神社は国家の宗祀として国の管理下に置かれる事となり、明治5年社格を定められるに当り郷社に列し、明治13年に豪壮な社殿を造営し、明治19年には県社に昇格しました。当宮は、藩政時代は 高知御城内八幡宮 又 城内正八幡 と称され、武士はもとより広く城下町民に崇敬されておりました。明治以降正式には 県社八幡宮 と称し、一般には 山田町八幡さま と親しまれ高知城下中心地の氏神様として又、文化、産業の守護神、厄除け、開運、交通等の守護神として広く崇敬されてきました。昭和21年には国の管理を離れ、宗教法人となり神社本庁に所属、昭和42年に 高知八幡宮 と改称しました。

以上ホームページより。

高知八幡宮

高知駅

仕事の関係で高知県にきました。特急でも結構時間かかりますね。

銅像 (2)
幕末の有名人たち。高知は観光地って感じがしていいですね。

高知八幡宮 (1)
仕事場への道中に神社があるので参拝します。

高知八幡宮 (2)

高知八幡宮 (3)

高知八幡宮 (4)

高知八幡宮 (7)
魚供養。流石南国高知。

高知八幡宮 (11)
トリがおりますね。

高知八幡宮 (10)
きゃわわ。

高知八幡宮 (5)

高知八幡宮 (6)
日差しが強くてめっちゃ暑いんですよね。流石南国高知ですわ。