2014年07月

阿波神社

阿波神社

徳島県鳴門市大麻町池谷字大石

主祭神 土御門天皇
社格等 旧県社

JR高徳線池谷駅下車より徒歩約10分。

阿波神社

今日は朝がゆっくりだったので、役所に行って雑用を済ませる。

s-阿波神社

用事を済ませてもまだ時間があったので、神社へ向かう。阿波神社、初めて来ましたけど結構広くて立派です。

s-阿波神社 (2)

阿波神社の歴史
土御門天皇は承久の乱後、承久3年(1221年)に土佐国へ遷幸、貞応2年(1223年)にはさらに阿波国に移り、約9年後の寛喜3年(1231年)に崩御し、その行在所は守護所に近い勝瑞(藍住町)に比定する説がある。人々は土御門天皇火葬塚の北に通称「天皇さん」と呼ぶ土御門天皇社を奉祀、『阿波志』には「土御門天皇廟 池谷村天皇山南麓に在り」とみえる。その後、明治8年(1875年)に丸山神社と改称(鳴門市史上)。
昭和15年(1940年)には紀元二千六百年記念行事として、社名を阿波神社に改め、火葬塚の北東に隣接する現在地に新たに社殿を造営した。県民挙げての奉賛と勤労祀仕によって昭和18年(1943年)に竣工し、本殿座祭を斎行、県社に列した。

以上ウィキペディアより。

s-阿波神社 (3)

蜂がいるのが恐ろしい。

s-阿波神社 (4)

祭神の土御門天皇は、承久の乱で有名な後鳥羽上皇の長男です。温和な性格で乱には関わっていなかったので御咎めなしでしたが、「父が隠岐に流されてるのに、自分が京にいるのは忍びない」として自ら土佐に流されたやさしいお方。
土佐は遠かったので、阿波に移ってきて、この地で没したそうな。

s-阿波神社 (5)

今でこそ明石海峡大橋とかですぐに本土と行き来できますけど、当時の四国なんて本気で流刑の地だったんでしょうね。隠岐や佐渡に流されるのと同レベルで。

一生帰れない場所に追放されるというのはどのような心境だったのでしょうか。

露天神社

露天神社

大阪府大阪市北区曽根崎2丁目5番4号
大阪市営地下鉄谷町線 東梅田駅
大阪市営地下鉄御堂筋線・阪急電鉄・阪神電鉄 梅田駅
大阪市営地下鉄四ツ橋線 西梅田駅
JR 大阪駅
JR 東西線 北新地駅
より徒歩5~10分

お初天神として親しまれる。祭神は大己貴大神、少彦名大神、天照皇大神、豊受姫大神、菅原道真の五柱の神を祀る。社伝によれば、この地はかつて曾根崎洲という淀川の川筋がいく本にも別れていた時代に中州のひとつとなっていた。そこに「住吉住地曾根神」を祀ったとされる。創建は西暦700年頃とされ、「難波八十島祭」旧跡の一社とされている。

露天神社

お初天神通り。

l初天神通り (3)

l初天神通り

曽根崎お初天神通り (2)

曽根崎お初天神通り
中々雑然とした感じの通りを抜ける。

お初天神
着いた。神社の真横にバーとかある。

お初天神 (2)

お初天神 (4)

お初天神 (10)
撫で牛。撫でる。

お初天神 (7)
天満宮恒例絵馬。ハート型が多い。

お初天神 (5)

お初天神 (6)

お初天神 (3)

う~ん。参拝客多いですね~。流石好立地。

お初天神 (12)
摂社の稲荷神社。

お初天神 (11)
ハートの絵馬…

お初天神 (8)
観光地っぽいパネル。

お初天神 (9)
こちら、恋人の聖地に選ばれているそう。まあ素敵!!

お初天神 (13)

お初天神 (14)
カップル像。

元禄16年(1703年)に堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が「天神の森(現在の社の裏手)」にて心中を遂げた。一月後近松門左衛門はこの二人の悲恋を人形浄瑠璃『曽根崎心中』として発表したところ、当時の大きな話題となった。事件の神社は一躍有名となり、そのヒロインである「お初」の名前から以後今日に至るまで「お初天神」と通称されている。曽根崎心中の中では「三十三に御身を変へ、色で導き情けで教へ、恋を菩提の橋となし、渡して観世音、誓ひは妙に有難し」とお妙の名と観音信仰(明治以前は神仏習合が常態であった)をかけている。なお「お初」は天満屋での呼び名であり、墓所(慰霊碑)に記された久成寺(大阪市中央区中寺)での戒名は妙力信女であることから「お妙」などが推測される。
2004年(平成16年)には境内に「お初・徳兵衛」のブロンズ像が建立された。

う~ん、悲しい話。

ビアブルグ梅田

帰りのバスまで時間あるので、バスターミナル近くでみつけたビアブルグ梅田に入るよ。

ビール

フィッシュチップス

チョリソー (2)

六時までハッピーアワーでビール半額。フローズン生を飲む。頼みすぎたな…

カメラケース

時間つぶしで立ち寄ったヨドバシウメダで買った何か。

カメラケース (2)

ドリアンカメラケース。色は五種類あったけど、一匹だけ値引きされていたこの子を選ぶ。なんでこの子だけ安いんだろ?

ぐにゅぐにゅして気持ちいいのでオススメです。カメラケースとしての利便性はよくわかりません。

綱敷天神社御旅社

綱敷天神社御旅社

大阪市北区茶屋町12-5

阪急電車茶屋町口降りて3分

JR大阪駅降りて10分

古本屋街「かっぱ横丁」東側すぐ

 ~ 御祭神(ごさいじん)=お祀りされている神様 ~

本殿 文道太祖、学問の神様、天神さま    
菅原道眞公(すがわらのみちざね)    
     
玉姫稲荷神社 縁結びの神様、商売繁盛    
玉姫稲荷大神(宇迦御魂大神)    

当社は社名を「綱敷天神社 御旅社(つなしきてんじんしゃ おたびしゃ)」と称し、今から一千百年ほど昔の、延喜元年(西暦九〇一年)に、平安時代の学者であり政治家でもあらされた菅原道眞公が無実の罪をきせられ京都より九州の太宰府へと左遷された際に、この梅田の地で今を盛りと咲いていた紅梅に目を留められ、それをご覧になるため、乗ってこられた船の艫綱(陸と船をつなぐ綱)を円く円座状に敷いてご覧になられました。その由縁より、「綱を敷く」という意味から「綱敷天神社」と称され今に至っております。

「御旅社」といいますのは、神様の別荘のようなもので、大阪市北区神山町に御鎮座されます綱敷天神社御本社の神様が夏の渡御祭の際に、地元梅田の町が平穏であるかどうかご覧になられ、その時にお休みになられる為のお社が御旅社です。この御旅社は元々御本社の南にあり、古くには「梅塚天神」とも称され、菅原道眞公がご覧になられた紅梅がありましたが、明治の初年頃にこの梅田・茶屋町の氏神さまとしてお迎えしたいと土地の寄進があり、現在の地に鎮座致しました。故に臨時で設けられる普通の御旅所とは異なり、常に御祭神が鎮座まします御旅所という事で、当神社では正式には「御旅社」と申します。

現在の社殿は昭和五十九年に旧社殿の老朽化と、梅田の地を幾度も襲った淀川の洪水から御神体をお守りするために立て直されたもので、今も昔も変わらず、梅田の街を行き交う人々を見守られておられます。

以上HPより。

網敷天神御旅社
梅田駅

来ました大阪梅田。暑いぜ。

御旅社

駅から近いぜ。すばらしい。

御旅社 (6)

御旅社 (3)

天満宮恒例撫で牛。

御旅社 (4)

頭撫でる。

御旅社 (5)

御旅社 (2)

無風だったから気づかなかったけど、風鈴風流やね。温度を下げるためのミストみたいなのが気になってました。噴霧してました。

のぶちゃん (2)

ぐ○ナビに頼らない直観ランチ!にぎりののぶちゃん!

海鮮丼

昼食はサーモンいくら丼にしました。サーモンって美味すぎると思うんですが、皆さんもそう思いますよね?サーモンって鮭じゃなくてカラフトマスかもしれないけど、僕は大好きです。回転すしのネタは代替魚って記事を見ても僕は平気です。

白鳥神社

白鳥神社

香川県東かがわ市松原69番地

祭神 日本武尊(ヤマトタケルノミコト) 両道入姫命(フタジイリヒメノミコト) 橘姫命(タチバナヒメノミコト)

■高徳線讃岐白鳥駅下車北西へ200m
■白鳥大内ICより 車で4km

白鳥神社

引越し等で忙しく、久しぶりの神社参拝。愛車ジョグで走る。土成町を通って香川県へ。愛媛と違って香川は近いな。

白鳥神社

由緒
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は人皇(ジンコウ)十二代 景行(ケイコウ)天皇の皇子に在らせられ、勅命に依りて九州中国を、その後東国を征定し、帰途の途次とじ、近江国の伊吹山にて病に触れさせ給ひ尾張国を経て伊勢国能褒野のぼのに至り病篤あつく、終に亡くなる。実に、景行天皇四十一年なり、天皇その功をたたえ、武部を定め群臣に命じその地に山陵を造り厚く葬る。群臣入棺し奉まつりしに、神霊白鶴に化し西方に飛び去る、棺内にはただ衣冠のみ空く在す、その白鶴は大和国琴弾原に、また飛て河内国旧市の邑に至りまた更に飛て讃岐国大内郡鶴内の里に止りる。よってこの所に神陵を建てさせる。成務天皇の時代、天皇の御兄弟神櫛王(カングシオウ)をして日本武尊の御子みこ、武皷王(タケミカツチノオウ)に従わせて、讃岐の国造に封じ神陵を作らせる(武皷王の神陵は綾歌郡に、神櫛王の神陵は木田郡牟礼町にあり)。日本武尊の御子 仲哀(チュウアイ)天皇の時代神籬ひもろぎを建て封戸を寄らせる。今の神社即ちその御跡である。その後一盛一衰あるが、武家は弓矢の神となし崇敬深い。寛文4年讃岐守高松藩祖松平頼重(ヨリシゲ)侯こうおおいにその規模を拡め、社殿の修築をなし、領地をさき神領に寄し、幕府の朱印地に改めた。明治五年県社に列せられ現在に及ぶ。

白鳥神社 (5)

白鳥神社 (2)

白鳥神社 (3)

白鳥神社 (4)

摂社の稲荷神社。連なる赤鳥居が映える。

白鳥神社 (6)

自動車のお祓いや家族連れ等が途切れることなく来ていました。このあたりだとメジャーな神社なんでしょう。

白鳥神社 (7)

境内にこのような看板が。社務所の女性に聞くと、神社の裏に白鳥の松原という景勝地があり、そこに御山があるという。以前洪水でこのあたりが水没した際に、近辺で一番高い場所を計測したところ、そこだったとのこと。

せっかくだし見てこよう。

白鳥神社 (8)

白鳥神社 (9)

白鳥神社 (11)

神社のすぐ裏手が松原でした。

白鳥神社 (10)

もう少し進むと海があります。

白鳥神社 (12)

どこに山があるのかと探すと、標を発見。小さい。

白鳥神社 (13)

ありました!これ山じゃなくて平地じゃね?

白鳥神社 (14)

せっかくなのでジジを乗っけて記念撮影。

登山記念

登山証明書いただきました!

でも、イチ徳島県民としては日本一低い自然の山は徳島の弁天山だと思うんだな。

手袋博物館

追記:神社近くに手袋博物館があります。手袋好きの方は是非。