2014年06月

小野神社

小野神社

東京都多摩市一ノ宮1丁目18-8

小野神社(おのじんじゃ)は、東京都多摩市にある神社。式内社論社、武蔵国一宮。旧社格は郷社。

概要
『延喜式神名帳』に記載されている式内社「武蔵国多磨郡 小野神社」の論社の1つ。論社には他に府中市の小野神社がある。多摩川の氾濫にともない遷座を繰り返した結果2社になったとも、どちらかが本社でもう一方は分祠であるともいわれる。また、当社は武蔵国の一宮とされた。

社殿、鳥居、隋神門、賽銭箱、神輿などには菊花紋章(十六菊の紋章)が取り付けられている。後北条氏、太田道灌らの崇敬を受けて栄えた。江戸時代には一宮大明神と称され、江戸幕府より朱印地15石を寄進されている[3][1]。

1880年に神奈川県から、1873年(明治6年)12月にさかのぼって、郷社に列格することとなった[4]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A4%9A%E6%91%A9%E5%B8%82)



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聖蹟桜ヶ丘 (2)

来ました、聖蹟桜ヶ丘。ジブリファンには耳をすませばのモデルとなった地として有名ですね。雫ー!!

ジブリマップ (2)

案内マップ。杉村がフラれた神社載ってますね。

杉村「月島ーーー!」

雫「!」

杉村「待てよーーー!」

杉村「原田のことなんだけど・・・。」

杉村「・・・そしたらさ原田のやつ、急に泣き出して・・・。」

杉村「なあ・・・オレ、なんかわるいこと言ったかな・・・。」

雫「・・・・・。」

雫「杉村さ・・・、夕子はあんたがどうしてそんなこと言うのって言ったんでしょ?」

杉村「うん。だから野球部の友達にたのまれたって・・・。」

雫「ちがう~。」

雫「それって杉村にはそんなこと言われたくないってことよ!この意味わかるでしょ!」

杉村「わかんないよ!はっきり言ってよ!」

雫「もう!本当ににぶいわねっ!夕子はね、あんたのことが好きなのよ!!」

杉村「えっ!?」

杉村「そんなっ、オレ困るよ!」

雫「困るって・・・、かわいそうなのは夕子よ!ショックうけて休んじゃったんだから!!」

杉村「だ・・・だってオレ・・・。」

杉村「オレ、おまえが好きなんだ!!」

雫「えっ!?」

雫「や・・・やだっ。こんな時、冗談言わないでっ。」

杉村「冗談じゃないよ!ずっと前からおまえのことが好きだったんだ!」

雫「だ、だめよ、わたしは・・・。だってそんな・・・。」

杉村「オレのことキライか?つきあってる奴がいるのか?」

雫「つきあってる人なんかいないよ・・・。」

雫「で、でも・・・。」

雫「ごめん!!」

杉村「待てよっ!」

杉村「月島・・・、はっきり言え!」

雫「だって・・・、ずっと友達だったから杉村のことスキだけど、好きとかそういうんじゃ・・・。」

雫「ごめん・・・、うまく言えない・・・。」

杉村「・・・ただの友達か・・・?」

雫「・・・・・。」

杉村「これからもか?」

雫「・・・・・。」

杉村「そうか・・・。」

雫「バカ!にぶいのは自分じゃないか!」

僕はこの下りが一番好きです。でももののけ姫の方が好きです。

小野神社

小野神社、駅から歩いてもすぐですね。

小野神社 (2)

小野神社 (3)

小野神社 (5)

小野神社 (4)

宮司さん、事前に電話連絡してたので来てくれてました。朝早くからありがとうございます。

ホームパーティ

その後、先輩宅(新居)でホームパーティ。なんかFacebookとかにアップされそうな響きですねホームパーティ!!

焼酎
種子島の焼酎。これをこの後原液ストレートで飲んで死ぬことになる。ホームパーティってそんな焼酎一気飲みとかしないですよね?ボロボロですがな。

高円寺天祖神社

高円寺天祖神社

東京都杉並区高円寺南1-16-19

高円寺天祖神社(こうえんじてんそじんじゃ)は、東京都杉並区高円寺南にある神社。

由緒

当神社は、寛治元年(1087年)に信仰心の強い山下久七なる人物が、伊勢神宮へ参拝し、御分霊を賜り、この地に仮に社殿を建てて奉納したことが始まりであるという。現在の拝殿は天保2年(1831年)9月、幣殿と本殿は明治21年(1888年)2月に建てられたもの。関東大震災を機に氏子の居住者が増えたのに伴い、大正15年(1926年)に社殿の修築などを行った。 昭和2年(1927年)に村社になった。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%86%86%E5%AF%BA%E5%A4%A9%E7%A5%96%E7%A5%9E%E7%A4%BE



高円寺天祖神社 (1)

高円寺天祖

声 高円寺に消えー

高円寺天祖 (2)

やがて汽笛は響きー

高円寺天祖 (4)

噛む カムチャッカのガム

高円寺天祖 (3)

銀河鉄道の夜ですね。当時の御時世で銀河鉄道という単語を思いついた宮沢賢治は天才と言わざるを得ない。

焼き肉
疲れて帰って寝てたけど、焼き肉に呼ばれたので神楽坂へ。マッコリ久しぶりに飲むなあ。
ラズベリー
先輩宅にてラズベリー入りのビール。
都電
そして終電を逃し、泊めてもらう。いつもすいません。翌日都電に乗って昼飯を食べに大塚へ。夏の線路っていい感じですね。
たこ焼き (2)
昼間っから天王寺 はち八でたこ焼き食べながらビール。美味し。
明石焼き
明石焼きピンボケやで。昼間っから飲んで、19時にはめっちゃ眠くなってた。こんな早い時間に眠くなるの初めてな気がするな。日本代表は残念でしたね。俺酔っぱらって『権田ー!!』って叫んでたけど、権田選手出てないですよね。

天沼八幡神社

天沼八幡神社

東京都杉並区天沼2-18-5

天沼八幡神社(あまぬまはちまんじんじゃ)は、東京都杉並区天沼にある神社[1]。

由緒
当神社は、旧天沼村字中谷戸の鎮守で天正年間(1573年 - 1591年)の創建と伝えられている。別当寺は蓮華寺であった。明治40年(1907年)に四面道の鎮守厳嶋神社を合祀した。昭和2年(1927年)に村社となる。境内には大鳥神社があり、毎年11月の酉の日には酉の市が開かれ熊手などが売られる。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%B2%BC%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE



天沼八幡神社

「新編武蔵野風土記」によれば、創建が天正年間と記されており、合殿の弁天様は安産の神様として崇敬されてます。境内末社に大鳥神社もあり、毎年十一月には商売繁盛として「酉の市」がたち開運熊手守・福桝等を授与しています。

天沼八幡

荻窪駅前の商店街を抜けて、住宅地を突き進んで参拝。

天沼八幡 (2)

天沼八幡 (4)

天沼八幡 (3)

この後天沼熊野神社にも参拝したけど、御朱印はやってないとの張り紙が。残念なことだ。

銭湯

参拝途中にあった銭湯。薪で沸かすんですね。

荻窪白山神社

荻窪白山神社

東京都杉並区上荻1-21-7

荻窪白山神社(おぎくぼはくさんじんじゃ)は、東京都杉並区上荻にある神社[1]。

由緒
旧下荻窪村の鎮守。当神社の創建は、社伝によると文明年間(1469年~1486年)に関東管領上杉顕定の家来中田加賀守が、屋敷内に五社権現社を奉齋したのにはじまる。その後に中田一族が栄え、当地に社殿を建てたといわれている。別当寺は光明院であった[2]。

昭和42年(1967年)に環状8号線拡張にともなって本殿や拝殿などが改築されるようになって現在に至る。

歯の神様
当神社は歯の神様としても知られる。中田加賀守の弟が歯痛に悩まされていた時、「神社の前に生えている荻で箸を作り、それを使って食事をすれば治る。くれぐれも疑ってはならない。」というお告げを聞き、その通りにしたところ、治ったという[3]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%BB%E7%AA%AA%E7%99%BD%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE



荻窪白山

来ました杉並区荻窪。初やな。
杉並白山

杉並白山 (2)

杉並白山 (3)

杉並白山 (4)

駅から徒歩3分の立地は素晴らしい。最近暑いからあんまり歩きたくない。まだ6月ですけど。

荻窪白山 (2)
御朱印帳も入手。これが欲しくて荻窪まで来たのさ。いい色。

昼飯

昼飯は駅前で家系ラーメン。荻窪ってパイナップルラーメンが有名みたいですね。行かなかったですけど。

真山神社

真山神社

秋田県男鹿市北浦真山水喰沢97

真山神社(しんざんじんじゃ)は秋田県男鹿市北浦字真山にある神社。江戸時代は秋田六郡三十三観音霊場の27番札所として赤神山光飯寺があった。しかし、明治の廃仏毀釈運動で真山神社となった。

社伝によれば、景行天皇の御代、武内宿禰が北陸地方諸国視察のため男鹿半島へ下向の折、涌出山(わきいでやま、現在の男鹿真山・男鹿本山)に登り使命達成と国土安泰・武運長久を祈願して瓊瓊杵命・武甕槌命を祀ったのが始源とされる。平安時代以降仏教の伝播が男鹿へも至り、貞観年中には慈覚大師によって涌出山を二分し、北を真山、南は本山としたと伝えられる。以来修験の信仰が昂り、天台僧徒によって比叡山延暦寺守護神の赤山明神と習合された。南北朝時代には真山別当光飯寺は真言宗に転じ、支配も東北豪族の安部氏・清原氏・藤原氏と移りながらも、その庇護のもとに修験霊場として一山繁栄を誇った。江戸時代には国内十二社に指定され、佐竹候の祈願所として数々の寄進崇敬とともに、幾多の堂塔伽藍が営まれてきた。明治維新後は神仏分離令によって元の神域に復し、名も赤神神社から真山神社と改められた。1881年(明治14年)には県社に列格され、ますます深厳な境内を維持してきた。

1991年(平成3年)9月、台風による烈風で多くの老杉が倒れて甚大な被害を受けるも、七年間の復興事業で境内整備が完工した。本殿は今なお真山山頂に鎮座している[1]。

あるいは、景行天皇の時代、武内宿禰が東征して男鹿に下着、湧出山(男鹿真山)に登りニニギノを祀る。その後、嫡孫の武内弥真唯が東征のため下向、湧出山に立てこもる。このとき、藤の花を取ってたむけたので、湧出山を花取山とも言う。別説には祭神はイザナギで、景行天皇の時金野小鹿が草創したという。 近世の別当は真言宗遍照院光飯寺、社家は竹内氏。明治初頭に別当寺は復飾し、社家は継続した。その際、真山赤神神社を真山神社と改める[2]。

秋田真山神社の総本社である。井川町北川尻の真山神社や秋田市上新城五十丁の真山神社もこの神社の系列神社である。また、新山神社や深山神社との関連も考えられる。『秋田家文書』では新山とある[2]。

1954年3月7日には榧の木が秋田県指定天然記念物に、2014年3月25日には五社殿及び宮殿が秋田県指定有形文化財に指定されている[3]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE



真山神社

東京は豪雨。しかし我々はみちのく秋田へ向かう。土崎の居酒屋へ飲みに行くために…

磯丸水さん
とりあえず西新宿集合。磯丸水産で飲む。これから秋田で海鮮食べるんじゃない?という思いが一瞬頭をよぎるが、雨の中店を探すのもめんどくさいので刺身とか食べる。

夜行バス
これが我々が乗る千葉ミライ号。志田未来みたい。

秋田行きのバス混んでますね。狭い。辛い。5000円で行けるのはお安いが。

秋田駅

秋田駅着いたよ!駅前の駐車場広い!土地余ってるね!

市場

秋田美人(27)の案内で市場へ。朝ごはんを食べに行く。

やまだ (2)

朝食はやまだ。地元民御用達ぽい雰囲気ぷんぷん。

朝飯
塩サバ定食。美味し。

焼肉屋 (3)
日本酒を購入後、昼食へ。さっき朝飯食ったばっかりじゃないのか。焼き肉牛玄亭へ。

焼き肉
定食豪華!申し訳程度に健康ご飯(雑穀米?)を選択したが、焼け石に水やがな。


車で南下。道中のミュージックはLUNA SEA及び河村隆一。LUNA SEAかっこいいよね!リューイチの声ずっと聞いていると中毒性があるね!

道の駅象潟

象潟に到着。ぞうがたちゃうで、きさかた。

イワガキ

岩ガキ美味しそうやがな。

イワガキ (2)

迷わず食べるがな。何もつけずに食べると磯の味やがな。美味いがな。

アイス ジャージー
ソフトクリーム(ジャージー)美味いがな。食べすぎでんがな。

瀧 (2)
元滝と伏流水という名所に向かう。ここ去年行った鳥海山の近くやな。

セリ
おそらくセリ。セリは食べられるけど、ドクゼリは食べられません。実家にあった野生生物大図鑑に見分け方が載ってたはずだが忘れた。

瀧 (9)

瀧 (8)

到着!鳥海山の湧水がしみだしてるんだそうな。すごいね。

鳥海山

さよなら鳥海山。

土崎港 (2)

土崎
秋田ポートタワーセリオンから土崎港、土崎の町を見る。昔は安東氏の城があったし、北前船も来てたからにぎわってたんでしょうなあ。安東氏は信長の野望だと安東愛季がちょっと強いですね。愛季って名前可愛いですね。秋田美人(27)曰く、セリオンは地元のナンパ待ちスポットだそうな。流石詳しいですな。

わいったげ
今回の旅の目的地、先輩がやっている居酒屋へ。先輩を勝手に激写。

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日本酒種類豊富で美味い。料理も美味い。飲みすぎでんがな。

なまはげ (5)
翌日、二日酔いもなく快適になまはげ鑑賞。

なまはげ伝承館の隣の神社へ参拝。

真山神社

真山神社 (2)

真山神社 (6)

真山神社 (3)

真山神社 (5)

真山神社 (4)
社務所の巫女さんかわいい。結婚してくれ!

男鹿 (2)
その後、男鹿プリンスホテル(心霊スポット)等を華麗にスルーし、男鹿半島の先っぽへ。

男鹿
北緯四十度。でも夏は暑いよ。

つぶがい串
ツブ貝串食べる。美味い。

開戦定食
お昼は刺身定食。美味い。飯ばっかり食べすぎ。
比内地鶏
食べそこなった比内地鶏は駅弁で鳥弁を食べる。美味し!秋田~東京間四時間。こまちで帰る。

秋田いいところですよ。みんな遊びに行ってくださいな。

猿田神社

猿田神社

千葉県銚子市猿田町1677

猿田神社(さるだじんじゃ)は、千葉県銚子市猿田町にある神社。古くから八方除けなどで信仰されている。猿田彦大神・天鈿女命・菊理媛命を主祭神とする。

由緒
社伝によれば、垂仁天皇25年11月25日の創建とされ、神功皇后の御世に生田神社の摂社になったという。大同2年(807年)に社殿を造営、康平年間(1058年 - 1065年)には源頼義が神田を寄進し、鎌倉時代以降も武家の信仰が篤く源頼朝も寄進したと伝えられ、足利晴氏は金印を奉納をし当時のものという印が現存する。

永禄9年(1566年)海上氏と安房正木氏との合戦で社殿を焼失、元亀年間に再建するも天正元年(1573年)に再び焼失、翌天正2年(1574年)に再建し、現本殿は延宝8年(1680年)に改築されたものである。なお、天正19年(1591年)には徳川家康も朱印地30石を寄進した。

庚申の年(60年ごと)に式年大祭神幸祭がある。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8C%BF%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE



猿田神社

猿田神社

猿田神社 (3)

カーナビに従って向かいましたが、中々険しい道でした。森の中。ですがすごい立派な神社。

猿田神社 (7)

地元では有名な神社なんでしょうね。駐車場も広く、社殿もきれい。

猿田神社 (4)

猿田神社 (6)

猿田神社 (5)

ここから家まで帰るのが遠いでんがな。千葉は広いですな。

銚港神社

銚港神社

千葉県銚子市馬場町1-1

銚港神社(ちょうこうじんじゃ)は、千葉県銚子市馬場の円福寺(飯沼観音・坂東三十三箇所第27番札所)に隣接する神社である。社格は旧郷社。
祭神
闇淤加美神・級津彦神・級津姫神
由緒
この神社の創建については不詳であるが、古くは龍蔵権現と呼ばれ、神仏習合により円福寺(飯沼観音)とともに信仰されてきた神社である。神仏分離により、明治初期銚港神社となった。この神社と円福寺の間に古碑があり、慶長年間に近郷に住んでいた「早器居士」の墓と呼ばれていた[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8A%9A%E6%B8%AF%E7%A5%9E%E7%A4%BE



銚港神社

ジジ


平日に休暇をいただいたが、遊んでくれる友達もおらず途方に暮れた結果、銚子港へ寿司を食べに行くことにした。天気が悪そうだったのでレンタカーを借りた。ドライブですがな。

黒猫のジジ。でも私は魔女のキキではない。おっさんです。

銚港神社

銚港神社 (3)

銚港神社 (2)

銚港神社 (4)

ネコ (1)
ネコ。目つきが悪い。

寿司 (3)
せっかく海の見える街(漁村)にきたからお寿司を食べるよ!ぐ○なびとかはあてにせず飛び込むよ!

寿司
おまかせ握り!

寿司 (2)
美味しかったです。流石日本有数の漁獲高を誇る銚子港。

賢見神社

賢見神社

徳島県三好市山城町寺野112

賢見神社

賢見神社 (28)

愛媛からの帰路、この看板を見つけたので参拝することにする。

結構な山道を進みます。詳細は当社ホームページに道案内が載ってますので参照ください。

賢見神社 (27)
小学校。子どもはいるんですな。過疎化が激しそうで心配です。

賢見神社 (26)
矢印に従い進む。上のレールはレオマゴルフ場のものです。

賢見神社
山道を走破し、ようやく到着。

賢見神社 (2)

賢見神社 (4)
これが神社からの景色。標高高杉。

賢見神社 (3)
マムシに注意。車が入れる道ではない。

賢見神社 (5)
賢見神社は犬神憑きを落とす日本随一の神社であり、病気平癒や家内安全に御利益があるお宮として知られています。一般的な神社とは異なるいくつかの特徴があり、独特な儀礼様式に則ってご祈祷が行われます。

賢見神社 (6)
案内板。

賢見神社 (7)

賢見神社 (8)
御祈祷やってました。やはり御利益があるのか。

賢見神社 (24)
せっかくなので奥宮まで行きます。下りなので往復して30分くらいとのこと。

賢見神社 (9)
水行とかするんですね。

賢見神社 (10)
なかなか険しい道。

賢見神社 (12)

賢見神社 (14)

賢見神社 (22)

賢見神社 (17)
水行の場所。

賢見神社 (15)

賢見神社 (16)
奥社。

あめご亭
お昼はあめご亭にて。

あめご亭 (2)
吉野川が見えます。

あめご亭 (3)
あめご塩焼き定食。美味。

あめご亭 (5)
骨まで食べる。賢見神社で会ったおばちゃん二人も食事に来ていました。定番の店なのか。確かに美味かった。

三島神社

三島神社

四国中央市三島宮川1丁目1番53号

三島神社

 奈良時代の初期越智玉澄宇摩の大領に任ぜられ今の上柏町御所の地に新館を建て宇摩郡を経営したが、年老い毎月の大三島宮参籠も出来なくなったので、養老4年旧8月23日大三島宮より奉遷し八綱浦三津名岬加茂川上冠岡の地を選び奉斎したのが始であり、それより此の地を三島と云う様になった。

三島神社

伊予三島という駅名から、三島神社が鎮座しているはずだと気づき参拝。地名って面白いですね。何らかの由来があって。

三島神社 (2)

三島神社 (4)

三島神社 (5)

三島神社 (6)

三島神社 (8)

三島神社 (9)

古代人の祭祀の址。ロマンですな。

三島神社 (7)

本当は西条市あたりまで行きたかったが、愛車JOGでは時間がかかりすぎる&暑いので帰路に就く。50CCでは中々スピード出せないですわ。

川之江八幡神社

川之江八幡神社

愛媛県四国中央市川之江町2527

川之江八幡神社

ジョグ
休暇で実家に帰っていたので、愛車(ヤマハJOG)で神社に向かうよ!

川之江駅
192号線をひた走り、はい、四国中央市川之江町到着。

川之江商店街
3時間弱くらいで到着。紙の町川之江。川之江高校が高校野球ファンの間では有名かもしれない。

川之江八幡宮

由緒

推古天皇の6年に豊前国宇佐本宮より御分霊を勧請したという。
 当初は川之江市金生町山田井霧山に鎮座、その後、後冷泉天皇康平年間に伊予守源頼義が川之江町畠山に社殿を造営し、治暦元年8月13日に奉還した。
 予章記による「頼義お務めの時、彼の命に任じ、八ヶ所の八幡宮を建立す」の伊予国内八ヶ所八幡社の一社である。奉還の際、頼義より幣帛、神饌、大刀、弓箭等の献納あったが、正保3年12月社殿焼失し、旧記、宝物等の大半を失った。畠山は水利の便が悪く、将来を顧慮して慶安元年現在の社地に社殿を新築した。その際、足仲彦天皇、気長足姫命を勧請合祀し、川之江城主川上但馬守より畑三百石、土佐山内公より石燈籠の寄進あり、一柳美作守も篤く崇敬したが、嘉永4年に再び社殿焼失し、村民協力し辛苦の末、八ヶ月を要して安政5年3月2日再興、遷座した。明治5年郷社となり、同13年11月県社に列格する。

川之江八幡宮 (2)
シブい遊園地。

川之江八幡宮 (3)

川之江八幡宮 (4)

川之江八幡宮 (5)

川之江八幡宮 (6)

川之江八幡宮 (10)

川之江八幡宮 (11)

川之江八幡宮 (8)
敷地広いですね。

川之江八幡宮 (13)
天満神社(境内社)
古老の口碑によれば延喜の頃、菅原道真公が筑紫へ左遷の折に風波をさけ船を寄せられ、大門山に上陸し、後に道真公薨去後、足跡の及んだ処に社を建て霊を奉祀したと伝えられる。

川之江八幡宮 (12)
牛。

川之江八幡宮 (7)
出発時(8時)は涼しかったけど、昼は暑い。スクーターで移動中は快適なんですがね。