2014年02月

谷保天満宮

谷保天満宮

東京都国立市谷保5209

谷保天満宮(やぼてんまんぐう)は東京都国立市にある神社。甲州街道沿いにある。社伝によると、903年(延喜3年)に菅原道真の三男・道武が、父を祀る廟を建てたことに始まるという。府社。式内社穴沢神社の論社でもある。

概要
東日本最古の天満宮であり、亀戸天神社・湯島天満宮と合わせて関東三大天神と呼ばれる。

南武鉄道(現:JR南武線)が谷保駅の駅名を「やほ」としたため、地名の「谷保」までも「やほ」と言うようになってしまったが、本来の読み方は「やぼ」である。

江戸時代の著名な狂歌師の大田蜀山人(南畝)が、「神ならば 出雲の国に行くべきに 目白で開帳 やぼのてんじん」と詠み、ここから「野暮天」または「野暮」の語を生じたと逸話に伝える。

1908年(明治41年)8月1日、有栖川宮威仁親王の運転する「ダラック号」(Darracq )を先頭に、国産ガソリン自動車「タクリー号」3台など11台が隊列を組み、日本初のドライブツアーであるとされる、甲州街道を立川までの遠乗会(当時の新聞では「自動車遠征隊」と呼ばれた)が行われた。谷保天満宮の梅林で昼食会が催され、いまも記念碑が残されている。

由緒
『天満宮略縁記』(谷保天満宮蔵)によると、903年(延喜3年)2月に菅原道真が薨去したとき、子息の道武は自ら像を刻み、廟を建てて祀ったのが谷保天満宮の創建だとされる[2]。921年(延喜21年)11月に道武が薨去すると、道武も相殿に合祀されたという。[注釈 1]

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B0%B7%E4%BF%9D%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE



谷保天満宮

私の大好きな天満宮です。野暮天の語源とかなんとか。

谷保天満宮 (15)

女の子二人写ってますけど、他意はない。

谷保天満宮 (2)

谷保天満宮 (5)

谷保天満宮 (6)

谷保天満宮 (7)

谷保天満宮 (8)

天満宮恒例、受験生の悲痛な思いのこもった絵馬。勉強しろ!!少年老い易く学成り難し!!

谷保天満宮 (9)

撫で牛をめっちゃ撫でる。全身よくなってくれ(切実)!!

谷保天満宮 (10)

谷保天満宮 (11)

谷保天満宮 (12)

日本一きれいでカワイイ御朱印帳…えらい手前味噌やないか。
谷保天満宮 (13)

天満宮と言えば梅。ウメノファイバーはヴェルデグリーンのおばあちゃん。

谷保天満宮 御朱印帳

まあでも確かに可愛い。ついつい購入。

フェブラリーS

参拝後、フェブラリーステークスのために府中競馬場へ。

結果は惨敗。田辺、16番人気を1着に持ってくるんじゃないよ…神騎乗じゃねえか。。

本社三島神社

本社三島神社

東京都台東区寿4丁目9−1

本社三島神社(ほんしゃみしまじんじゃ)は、東京都台東区の神社。

歴史
弘安年間(1278年 - 1288年)に創建された。鎌倉幕府御家人の河野通有は、弘安の役に際して、地元の大山祇神社で戦勝祈願をしたところ、成就して武勲を挙げることができた。そして、夢の中で「武蔵国豊島郡に大山祇命の分霊を勧請せよ。」という霊夢を見た。そこで上野山に大山祇命を祭神とする神社を創建したのが由来である[1]。

1650年(慶安3年)、幕府により立ち退きが命じられ、代替地の金杉村(現・台東区根岸)に移転した。1710年(宝永7年)、幕府により再度立ち退きが命じられ、浅草小揚町(現・台東区寿)に移転した[1]。

しかし移転の結果、金杉村の氏子は神社から取り残されることになった。そのため、改めて分霊を勧請することになった。そうして根岸には元三島神社が、下谷には三島神社がそれぞれ創建された。

1923年(大正12年)の関東大震災や1945年(昭和20年)の空襲で、その都度焼失した。神社のみならず氏子も大打撃を受けたため、戦後の神社復興はなかなか進まなかった。1965年(昭和40年)頃になって漸く復興に向けて動き始め、1972年(昭和47年)に完成した[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AC%E7%A4%BE%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%A5%9E%E7%A4%BE



本社三島神社

本社三島神社

本社三島神社 (2)

本社三島神社 (4)

本社三島神社 (3)



バンダイ

バンダイがありました。

ライダー


ライダーいました。昔の仮面ライダーって怖かったですよね?怪人は平気で人間殺すし。

浅草の松屋のJINSで新しい眼鏡買いました。6千円で買えるんですね。安い。

前日しゃぶしゃぶ食べ放題だったけど、この後浅草で焼き肉食べて私は満腹です。

第六天榊神社

第六天榊神社

東京都台東区蔵前一丁目4-3

第六天榊神社(だいろくてんさかきじんじゃ)は、東京都台東区蔵前に鎮座する神社。登記上の宗教法人名称は榊神社(さかきじんじゃ)。旧称を基に第六天神社(だいろくてんじんじゃ)ともいう。

概要
景行天皇の時代、日本武尊が東夷征伐の折に創祀したという。古くから「第六天神宮」と呼ばれてきたが、明治6年(1873年)に社号を「榊神社」へ改称した[1]。昭和3年(1928年)、東京高等工業学校(前進は東京職工学校、現:東京工業大学)の跡地に遷座(移転)し現在に至る(詳細は後述)。

当社は「下町八福神の神社めぐりコース(巡礼札所)」のうちの一社に入っている。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E5%85%AD%E5%A4%A9%E6%A6%8A%E7%A5%9E%E7%A4%BE


第六天榊神社


御朱印に緑とか入ってると映えていいですよね。

こちらの神社過去に一度参拝したけど社務所16時までで閉まってたんですよね。なので再訪。

第六天榊神社 (2)

第六天榊神社 (3)

第六天榊神社 (6)

第六天榊神社 (7)

第六天榊神社 (5)

銀杏岡八幡神社

銀杏岡八幡神社

台東区浅草橋一丁目29-11 

御由緒
 源義家公 奥州征伐のため下向の折、当地で休憩中川上より銀杏の枝が流れてきた。義家公はその枝を丘の上にさし立て「朝敵退治のあかつきには枝葉栄うべし」と祈願した。奥州平定の後再びこの地に帰り至ったとき銀杏が大きく繁茂していたので公は神恩に感謝し太刀一振を捧げ、八幡宮を勧請したのが、康平五年(1062)で当社の創祀と伝える。

以上東京都神社庁ホームページより。 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/taito/3131/



銀杏岡八幡神社

本日は浅草橋スタートで神社巡り。未参拝の神社を巡ります。前日の送別会でしゃぶしゃぶ食べすぎてしんどい。

銀杏岡八幡神社

浅草橋須賀神社は参拝していたんですが、こちらは未参拝でした。

銀杏岡八幡神社 (3)

銀杏岡八幡神社 (2)

銀杏岡八幡神社 (4)

銀杏岡八幡神社 (5)

銀杏岡八幡神社 (6)

銀杏岡八幡神社 (7)

銀杏岡八幡神社 (8)

ネコ可愛いよネコ。

新井天神北野神社

新井天神北野神社

東京都中野区新井4丁目14−3

北野神社(きたのじんじゃ)は東京都中野区の神社。

概要
創建年代は不明である。一説には、梅照院(新井薬師)を創建した行春が、菅原道真を祀る祠を建てたのが起源ともいう[1]。

そういう経緯からか、梅照院は当社の旧別当寺であった[2]。

境内の摂末社として「大鳥神社」があり、毎年11月に酉の市が開かれている[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%AD%E9%87%8E%E5%8C%BA%E6%96%B0%E4%BA%95)



新井天神北野神社

新井天神北野神社

今回の神社巡りの最後は天神さま。立派な鳥居!!

新井天神北野神社 (2)

そして立派な手水舎!!合掌造みたい。

新井天神北野神社 (3)

そして撫で牛!!めっちゃ撫でる。全身を撫でる。すべての悪い部分が良くなりますように(切実)。

新井天神北野神社 (4)

新井天神北野神社 (5)

新井天神北野神社 (6)

受験生の悲痛な思いのこもった絵馬たち。勉強するんだ!!神に頼るんじゃない!!

新井天神北野神社 (7)

新井天神北野神社 (9)

新井天神北野神社 (11)

梅の花が咲いてました。もうそんな時期ですね。昔高松の栗林公園に梅見に行ったなあ。

やっぱり天満宮が一番楽しい。

上高田氷川神社

上高田氷川神社

東京都中野区上高田4丁目42−1

氷川神社(ひかわじんじゃ)は東京都中野区の神社。

概要
1453年(享徳2年)に創建された。地元の村人たちが氷川神社から分霊を勧請し創建したという。上高田村の鎮守でもあった[1]。

長禄年間(1457年~1460年)、太田道灌は松一株を当社に献上したが、現在は残っていない[2]。

当社の例大祭には、氏子たちによる「上高田囃子」が奉納される[2]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7%E5%B7%9D%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%B8%AD%E9%87%8E%E5%8C%BA%E4%B8%8A%E9%AB%98%E7%94%B0)



上高田氷川神社

久しぶりの新井薬師前。昔後輩が住んでた頃はたまに遊びに来てたなあ。

上高田氷川神社 (5)

上高田氷川神社

上高田氷川神社 (2)

上高田氷川神社 (4)

上高田氷川神社 (3)

日陰なせいかめっちゃ雪残ってますね。

腰掛稲荷神社

腰掛稲荷神社

東京都文京区目白台三丁目26-1

腰掛稲荷神社(こしかけいなりじんじゃ)は、東京都文京区の神社。

歴史
創建年代は不明である。江戸時代初期は護国寺もなく、辺りを見渡せる見晴らしの良い場所で、座るのに丁度良い大木の切株もあった。ある日、江戸幕府初代将軍徳川家康か第3代将軍徳川家光が鷹狩に当地を訪れ、この切株に腰掛けて、景色を絶賛した。そして稲荷の小祠を拝して立ち去ったという。幕府は、この場所が「将軍の縁の地」となったことから、切株を竹矢来で囲み、不敬行為を防いだという[1]。

その後、切株は完全に朽ち果ててしまった。そのため近隣の村人が、この由来を後世に伝えるべく、稲荷の小祠を「腰掛稲荷神社」として整備した。その頃は修験道当山派の修験者が管理していた[1]。

1931年(昭和6年)に専任神職を置き、社務所を設けた。この社務所は松岡映丘の画室を移築したものである[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%85%B0%E6%8E%9B%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE



腰掛稲荷神社

小日向神社参拝後、江戸川橋から歩いてきました。最寄は護国寺なんで丁度一駅ですね。

腰掛稲荷神社

この場所で将軍様が腰かけて休まれたのが由来だそう。

腰掛稲荷神社 (2)

萌え絵の画像か…と思ったらよく見るとぎんぎつねじゃないか!まだ読んでないですけど。神社好きとしては興味深い作品ではある。

腰掛稲荷神社 (4)

腰掛稲荷神社 (7)

腰掛稲荷神社 (3)

腰掛稲荷神社 (5)

珍しい菊花石。

腰掛稲荷神社 (6)

確かに菊花っぽい。

小日向神社

小日向神社

東京都文京区小日向2-16-6

小日向神社(こひなたじんじゃ、こびなたじんじゃ)は東京都文京区小日向にある神社である。

由緒
氷川神社は天慶3年(940年)春、常陸国国司であった平貞盛が当地を平定し、その奉賛として文京区水道2丁目付近にあった曹洞宗日輪寺(現在は文京区小日向1丁目に移転)の蓮華山に創建された後、太田道灌により再興され小日向の鎮守として栄えた。八幡神社は貞観3年(860年)創建され、往時の名を「田中八幡」といい、現在の文京区音羽1丁目に鎮座していて、古くからこの地域の氏神さまとして里人に親しまれていた。明治2年(1869年)9月に両社が合祀され[2]、明治4年(1871年)小日向神社と改称された[注釈 1]。明治5年(1872年)11月に村社に列せられた。当社には有栖川宮・小松宮の掛軸や額等が収蔵されていたが、昭和20年(1945年)5月25日の空襲により焼失し、短刀二振のみが残ったという。戦後、昭和24年(1949年)に仮殿にて復興、昭和38年(1963年)には現在の本殿が再建された。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%97%A5%E5%90%91%E7%A5%9E%E7%A4%BE



小日向神社

小日向神社

小日向神社 (2)

小日向神社 (5)

小日向神社 (4)

まあまあな坂の上に鎮座。神社巡りしてるとこれぐらいならやさしい方ですが。この後大通りに帰るのに坂道を迷いました。

今宮神社

今宮神社

東京都文京区音羽1丁目4−4

今宮神社(いまみやじんじゃ)は、東京都文京区の神社。

歴史
1697年(元禄10年)に創建された。江戸幕府第5代将軍徳川綱吉の母桂昌院の発願により、京都の今宮神社より分霊を勧請して創建された。元々は同区護国寺の寺内に位置していたが、明治の神仏分離により、現在地に移転した[1]。

京都の今宮神社と同様に病気平癒のご利益があるとされ、1879年(明治12年)に「虎烈刺病伝染除の祭典」が挙行されている[1]。

社宝として、近くに住む鳩山家(邸宅が今の鳩山会館である)より奉納された魔除飾面がある[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8A%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA)



今宮神社

今宮神社 (4)

今宮神社

今宮神社 (2)

天日鷲神社!!徳島ではメジャーな神様ですが、こちらでは珍しいですね。

今宮神社 (3)

社務所の前にめっちゃ雪が積もっている。御朱印帳を手渡しするのに苦労しました。

正八幡神社

正八幡神社

東京都文京区関口2-3-21

正八幡神社(しょうはちまんじんじゃ)は、東京都文京区の神社。

歴史
創建年代は不明である。別名を「関口八幡宮」ともいい、目白台の水神社にあった「椿山八幡宮」を「下の宮」と呼ぶのに対し、当社は「上の宮」と呼ばれていた。関口地区の鎮守である[注釈 1][2]。

江戸時代は洞雲寺(現在は豊島区に移転)が別当寺であった[2]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%96%87%E4%BA%AC%E5%8C%BA)



正八幡神社

正八幡 神社

文京区で手つかずとなっていた江戸川橋へ降り立つ。さて、まずは正八幡神社だ!!

正八幡神社 (2)

「なんか見覚えあるな~」と思いながら歩いていると、思い出しました。大学の同期の結婚式で椿山荘に行く途中にここ立ち寄りました。すばらしい式でした。仲のいい夫婦で羨ましいです。やっぱり人間ができている人から順に結婚していきますね。独り身は売れ残るべくして売れ残っているといいますか。

正八幡神社 (3)

正八幡神社 (4)


結婚したいです。真人間になりたいです(切実)。