2012年01月

東京大神宮

東京大神宮

東京都千代田区富士見2−4−1

東京大神宮は、東京都千代田区富士見町に位置する神社である[2]。

1880年(明治13年)4月17日、有楽町の大隈重信邸跡に落成した皇大神宮遙拝殿が起源であり[2]、一般には「日比谷大神宮」もしくは「日比谷皇大神宮」と称された[3]。 明治政府の宗教政策転換により神宮司庁と神宮教院が分離すると、後者に属していた本神社は、大神宮祠、神宮奉斎会本院と幾度か改名した[2][4]。 1900年(明治33年)5月10日、明治天皇皇太子(のちの大正天皇)の結婚式が宮中三殿で行われる[5]。これを記念に神前式結婚式を創始、現在に伝わる神前結婚式となった[4][6]。 1923年(大正12年)9月1日の関東大震災で被災し、1928年(昭和3年)に現在地に移転して飯田橋大神宮と呼ばれた[4]。太平洋戦争終結後の1946年(昭和21年)1月、宗教法人東京大神宮に改称し、現在に至る[1]。

以上ウィキペディアより。  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%AE%AE



東京大神宮

東京大神宮 (2)

東京大神宮朱印帳(さくら)

東京大神宮のオリジナル御朱印帳です。

神前式発祥の地だけあって、縁結び効果を期待して女性の参拝客が多いですね。

靖国神社

靖国神社

東京都千代田区九段北3−1−1

靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。

靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。

以上靖国神社ホームページより。 http://www.yasukuni.or.jp/history/index.html



靖国神社朱印帳

靖国神社のオリジナル御朱印帳です。

靖国に来ると心が引き締まりますな。七生報国。

神楽坂若宮八幡神社

神楽坂若宮八幡神社

東京都新宿区若宮町18

御祭神
仁徳天皇(にんとくてんのう)
応神天皇(おうじんてんのう)
御由緒
 鎌倉時代の文治五年秋、右大将源頼朝公が奥州の藤原泰衡を征伐するため発向。その時当所にて下馬宿願し奥州平治の後、宮鎌倉鶴岡の若宮八幡宮を分社したものであります。

以上東京都神社庁ホームページより。 http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/shinjuku/5511/



神楽坂若宮八幡神社


神楽坂の駅前の寿司屋、大学時代に罰ゲーム的におごらされてたな…ウン万円。

最近は焼肉に行くことが多い。神楽坂はいいところです。

筑土八幡神社

筑土八幡神社

東京都新宿区筑土八幡町2-1

由緒
当神社は嵯峨天皇の時代(809年 - 823年)に、付近に住んでいた信仰心の厚かった老人の夢に現われた八幡神のお告げにより祀ったのが起源であるといわれている。その後、円仁(慈覚大師)が東国へ来た際に祠を立て(850年前後)、伝教大師(最澄)の作と言われた阿弥陀如来像をそこに安置したという。その後、文明年間(1469年 - 1487年)に当地を支配していた上杉朝興によって社殿が建てられ、この地の鎮守とした。上杉朝興の屋敷付近にあったという説もある。

元和2年(1616年)にそれまで江戸城田安門付近にあった田安明神が筑土八幡神社の隣に移転し、津久戸明神社となった。その後、1945年に第二次世界大戦による戦災で全焼。明神社の方は千代田区九段北に移転し、築土神社として現在に至る。八幡神社の方は現在でも当地に鎮座している。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%91%E5%9C%9F%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE



筑土八幡神社

赤城神社

赤城神社

東京都新宿区赤城元町1−10

由緒
鎌倉時代の正安2年(1300年)、上野国赤城山の麓から牛込に移住した大胡彦太郎重治により、牛込早稲田の田島村に創建されたと伝わる[1]。文安元年(1444年)には、大般若経が奉納された[2]。 寛正元年(1460年)、江戸城を築城した太田道灌により牛込台に移された[3]。その後、弘治元年(1555年)、大胡宮内少輔により現在地に移される。江戸時代には徳川幕府によって江戸大社の一つとされ、牛込の鎮守として信仰を集めた。

『江戸名所図会』では「赤城明神社」として紹介され、大胡重泰(おおごしげやす)により創建されたこと[4]、牛込の鎮守であり別当寺は東覚寺(天台宗)であることなどが記されている[5]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%9F%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA)



赤木神社

神楽坂赤城神社 (2)

カフェが併設されておしゃれー。きれいですね。

花園神社

花園神社

東京都新宿区新宿5−17−3

創建の由緒は不明であるが、徳川家康が江戸に入った1590年にはすで存在しており、大和国吉野山よりの勧請と伝えられている[1]。その後、当地に内藤新宿が開かれるとその鎮守として祭られるようになった。

元は現在地よりも約250メートル南にあったが、寛政年間、その地を朝倉筑後守が拝領しその下屋敷の敷地内となって参拝ができなくなった。氏子がその旨を幕府に訴えて、尾張藩下屋敷の庭の一部である現在地を拝領し、そこに遷座した。そこは多くの花が咲き乱れていた花園の跡であることから「花園稲荷神社」と呼ばれるようになったと伝えられる。また、真言宗豊山派愛染院の別院・三光院の住職が別当を勤めたことから「三光院稲荷」とも、地名から「四谷追分稲荷」とも呼ばれた[1]。

明治に入ると村社に列格したが、その際、名称は単に「稲荷神社」となった。一説には届出の際に「花園」を書き忘れたという[1]。1916年(大正5年)1月25日に東京府知事に対し改名願を出し、同年2月26日に許可され「花園稲荷神社」に改称した[1]。1928年(昭和3年)、現新宿4丁目にあった雷電稲荷神社(雷電神社/祭神:受持神)を合祀、郷社に昇格した。1965年(昭和40年)、現在のコンクリート製の本殿に建て替えられ、その際に末社・大鳥神社(祭神:日本武尊)を本殿に合祀し、社名を「花園神社」に改めた[1]。

以上ウィキペディアより。  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E5%9C%92%E7%A5%9E%E7%A4%BE



花園神社


新宿歌舞伎町のすぐ近くです。酉の市いきたかったなあ。

西向天神社

西向天神社

東京都新宿区新宿6丁目21−1

古くから東大久保村の鎮守社であり、かつては大久保天満宮と言いました。現在でも広い境内を持ち、椎の木などが森をなしています。菅原道真を祀った京都の北野天満宮を勧請したものです。西向天神社という名は、地形上、社殿が西方(京都)を向いていたからつけられたものです。他に棗(なつめ)天神という俗称もあります。これは、寛永年間(1630年代)に、三大将軍家光が鷹狩りに来た際に、荒廃していた当社を見て、社殿等の修復のために金の棗の茶入れを下賜して再興を促した、という伝承によるものです。また、慶安から天和年間には、桜の名所であったことも書物に残されています。境内には富士塚があります。

以上、一般社団法人新宿観光振興協会ホームページより。 http://www.kanko-shinjuku.jp/spot/c006-kw-%E8%A5%BF%E5%90%91%E5%A4%A9%E7%A5%9E/article_389.html


西向天神社

山の手七福神 弁財天
山ノ手七福神、弁才天の御朱印もいただきました。

参拝時、既に夕暮れ。恐い。

稲荷鬼王神社

稲荷鬼王神社

東京都新宿区歌舞伎町2丁目17−5

天保2年(1831年)、大久保村の氏神であった稲荷神と、熊野から勧請されていた鬼王権現を合祀し、稲荷鬼王神社となった。熊野の鬼王権現は現存していないため、「鬼王」の名を持つ日本唯一の神社となっている。また、大祭で担がれる宮御輿は、鬼面が彫られた珍しいものである。

祭神は、稲荷神の宇迦之御魂神、鬼王権現の月夜見命・大物主命・天手力男命。また、大久保村が祀っていた神々(火産霊神など)も明治時代に合祀されている。神社の名前から誤解されやすいが、「鬼」を祭神としているわけではない。
他、平将門の幼名が「外都鬼王(げづおにおう)」「鬼王丸」といったことから、名前を取ったという伝承もある[1][2]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E9%AC%BC%E7%8E%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE



鬼王稲荷神社

恵比寿神

新宿山ノ手七福神の恵比寿神の御朱印も対応いただけます。

歌舞伎町!!バイト先があったんで昔はしょっちゅう行きました。

二郎とか天下一品よく行ったなあ。

明治神宮

明治神宮

東京都渋谷区代々木神園町1−1


明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后をお祀りする神社で、清らかで森厳な内苑を中心に、聖徳記念絵画館を始め数多くの優れたスポーツ施設を持つ外苑と、結婚式とセレモニー、パーティー会場の明治記念館とからなっています。

 鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本を植栽した人工林です。面積は70万平方メートル、豊かな森に成長し、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。
 初詣は例年日本一の参拝者数を集める神社としても知られます。そのほか、大相撲横綱土俵入りや、こどもの祭まで幅広い祭典と行事、厄祓い、祈願をとりおこなっております。加藤清正が掘ったと言われる清正井(きよまさのいど)や明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた、美しい花菖蒲など、多くの見どころがあります。
 明治45年7月30日に明治天皇、大正3年4月11日には昭憲皇太后が崩御になりましたが、国民から御神霊をお祀りして、御聖徳を永遠に敬い、お慕いしたいとの熱い願いが沸き上がり、大正9年11月1日(1920年)に両御祭神と特にゆかりの深い、代々木の地に御鎮座となりました。

以上明治神宮ホームページより。 http://www.meijijingu.or.jp/about/index.html



明治神宮


一度参拝に行ったとき、冬場だったので4時ぐらいに閉まってました。

『そんな早く閉まるの!?』って驚いた記憶が。だって明治神宮ですよ。みんな遅い時間でも参拝来ますって。

北谷稲荷神社

北谷稲荷神社

東京都渋谷区神南1丁目4−1

正確な創建年は不明である。ただし、1660年(万治3年)に大破して再建した際の棟札や、武蔵国の地誌「新編武蔵風土記稿(1810年起稿 - 1830年完成)」に「文明年間(1469年 – 1486年)、駿河より移りし時其の邸内の艮(ごん、八卦の方角で東北)の方に勧請(かんじょう、祭神の分霊)せり」などの記述があることから、早ければ1469年(文明元年)頃には現在の場所に創建されていたと推定される。[1]

1997年、菊竹清訓建築設計事務所によるデザインで竣工し、現在のモダンな外観となった。

以上ウィキペディアより。  https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E8%B0%B7%E7%A8%B2%E8%8D%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE



北谷稲荷神社


ビルのような、近代的な神社。