島根県の御朱印

清水寺

清水寺

島根県安来市清水町528

清水寺(きよみずでら)は、島根県安来市清水町にある天台宗の寺。山号は瑞光山(ずいこうざん)。中国観音霊場第28番札所、出雲観音霊場第27番札所、出雲國神仏霊場第11番札所。開山は尊隆上人、本尊は十一面観世音菩薩。

歴史​

寺伝では用明天皇2年(587年)、尊隆上人により開かれたというが、一時廃れ、大同元年(806年)平城天皇の勅旨を受け、盛縁上人により復興されたという。

その後承和14年(847年)、唐からの帰路立ち寄った円仁(慈覚大師)により光明真言会が創められ、天台宗に帰依したという。

その後幾度かの火災と復興を経て、明徳4年(1393年)にほぼ現在の寺域が定まったが、戦国時代兵火に襲われ根本堂以外の建物は焼失した。伽藍はその後毛利氏及び松平氏により復興され、加えて安政6年(1859年)には信徒の手により三重塔が建立され、現在の形となった。

以上ウィキペディアより。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%AF%BA_(%E5%AE%89%E6%9D%A5%E5%B8%82)



清水寺御朱印中国観音

中国観音霊場第二十八番札所です。

清水寺御朱印出雲神仏霊場

出雲國神仏霊場第十一番札所です。

清水寺御朱印出雲三十三観音

出雲三十三観音霊場第二十一番札所です。

清水寺 (1)

雨模様ですね。洗濯も乾かないし困りますわ。

退屈なのでアクセラで安来の清水寺に来ました。

清水寺 (3)

駐車スペースがあるので停めます。

結構車多いな。参拝客多いのかな。

清水寺 (4)

ネコ

清水寺 (5)

参道を歩いて向かう。

清水寺 (6)

結構広い。

駐車場からはそんなに遠くなくて歩きやすい。

清水寺 (7)

清水寺 (8)

清水寺 (9)

清水寺 (10)

山門

清水寺 (11)

お出迎え観音

清水寺 (12)

雨の紅葉

清水寺 (13)

清水寺 (14)

浮見観音

清水寺 (15)

慈母観音

清水寺 (16)

弁財天

清水寺 (17)

手水舎

コロナの影響で使用不可ですが

清水寺 (18)

高灯篭

清水寺 (19)

護摩堂

清水寺 (22)

毘沙門堂

清水寺 (24)

全国でも数少ない百観音霊場お砂踏みだそうです

清水寺 (25)

効率的に功徳が得られますね

清水寺 (26)

三重塔

清水寺 (21)

納経は本堂の中でできます

清水寺 (20)

雨ですけどいい参拝でした

大光寺(岩野薬師)

大光寺(岩野薬師)

島根県出雲市斐川町上直江2198

 

浄土宗岩野山大光寺にある。当寺は弘仁年中(810~824)創建といわれ、永禄2年(1559)に神門寺六十九世玄林和尚が再建したが、天明年中(1781~1789)に焼失した。その後、寛政7年(1795)に三たび建立され、創立以来大円寺と号していた。しかし文政元年(1818)に没した松江藩七代藩主治郷(はるさと)(不昧:ふまい)に大円庵という法号がつけられたため寺号の大円寺を廃し、大光寺と改称した。
 岩野薬師の創立由来は、岩野某の娘が、幼くして父母に死別、その菩提をとむらうため薬師像を祀って暮らしているところへ、仏のお告げで来たという男が現われ、夫婦となった。それからも薬師を信仰し続けたのに始まるといい、一名妻薬師(つまやくし)ともいうようになったと伝承している。一畑、平田(瑞雲寺)とともに出雲三大薬師の一つで、手足が不自由な人や、乳の出の悪い人に霊験があるといわれ、9月8日、9日の祭礼は近隣の参拝者で大いに賑わう。

以上、しまね観光ナビホームページより https://www.kankou-shimane.com/destination/20327



大光寺御朱印

出雲十大薬師霊場第四番札所です。

御朱印は本堂前に書置きがありました。

いきなりステーキ

午前中にヒラキからのお届け物を受けとり、昼から外出。

神社に行こうかと思ったけど、七五三で混んでる。

出雲十大薬師巡りを進めることにする。斐川町のいきなりステーキでランチ。

ごはん、サラダ、スープおかわりできるとは…食べ過ぎるな。

大光寺 (2)

食いすぎとニンニクのかけすぎで腹痛にさいなまれながら到着。

大光寺 (1)

石段

大光寺 (3)

大光寺 (4)

百たたきと六地蔵

大光寺 (5)

浄土真宗からの瓦がまつられている

奥の仏像が不気味でした

大光寺 (6)

内部弾正守社

地元の武将ですかね

ネコがいます

大光寺 (7)

怪しまれてる

大光寺 (8)

大光寺 (10)

こちらのお寺、創立の経緯から縁結びの利益があるそうです

お寺で縁結びは珍しいですね

長谷寺

長谷寺

島根県出雲市大社町杵築北3016

出雲路三十三観音霊場巡りは、大社町から始まる。その発願寺(ほつがんじ)としての長谷寺は、国譲りの神話で名高い稲佐の浜から少し入った山間にある。マテバシイに囲まれた境内に入ると、海岸が近いことなど忘れてしまうほどの静寂を保っている。入り口となっている仁王門の前には、昭和の時代を信仰一筋に生きた今は亡き人たちの追善の為に建立された六体のお地蔵様が、参詣の人を優しく迎えてくれる。

観音堂はその仁王門から坂道をわずかに登った処にある。本尊は行基菩薩の作とされる十一面観世音菩薩、身の丈は一尺八寸で立像である。秘仏とされており、三十三年毎の開帳の折にしか直接には拝せない。その開帳は昭和五十八年に終ったばかりである。二十一世紀の次のその時まで、現世に対し、大慈悲を静かに放ち続けて下さる。樹々から降りそそぐ木漏れ日にも、観音さまの後光(ごこう〉の漂よいを想起し、観音堂の閑寂なたたずまいが霊場としての趣きをいっそう醸し出す。

長谷寺縁起によれば、かつては約一キロほど山奥へ入った滝の渕にあったが、慶安四年(1651)の大洪水ですべてを流出し、その後、善兵平と云う漁師が海中よりご本尊を発見し、出雲国一円の篤信者の浄財によつて現在地に再建され、今に至る。

以上、仏壇の原田さまホームページより http://www.butsudannoharada.com/temple/2011/11/post.html



長谷寺御朱印

出雲三十三観音霊場一番札所です。書置きを200円でいただきました。

出雲三十三観音納経帳

納経帳もあります。300円でした。授与所に置いてあるので、お金を払ってセルフサービスでいただけます。

長谷寺 (1)

11月ですね。冷えますね。

出雲三十三観音霊場の一番札所、長谷寺へ向かいます。

出雲大社の西、海沿いの道に道案内があります。

長谷寺 (2)

北から見ると看板がありますが、少し気づきにくいですね。

屏風岩 (1)

普通の住宅街っぽいところに名所が

屏風岩 (3)

ソテツ生えてる

倒れる恐れがあるので入ってはいけません

屏風岩 (2)

確かに倒れそう

長谷寺 (3)

屏風岩を過ぎて奥のほうへ進むと到着

長谷寺 (6)

あんまり車を停めるスペースないですね

門前に一台停められるかなくらいか、PCXで来て正解でした

長谷寺 (4)

お地蔵さま

長谷寺 (5)

柔和な顔つき

長谷寺 (7)

不動明王

長谷寺 (8)

憤怒の表情

長谷寺 (9)

山門をくぐる

長谷寺 (10)

木々に覆われているので少し暗いですね

長谷寺 (11)

手水舎

長谷寺 (12)

長谷寺 (13)

長谷寺 (14)

長谷寺 (18)

長谷寺

長谷寺 (15)

長谷寺 (16)

長谷寺 (17)

本堂入って参拝しようとしたら中に住職さんがいて声をかけられて驚いた!

周りが静かすぎて人がいるとは思えない雰囲気でした。

瑞雲寺

瑞雲寺

島根県出雲市平田町116

瑞雲寺縁起によると薬師如来像は行基菩薩(奈良時代)の作と伝えられています。

当初は寺の名を泉光院と称し一時修験寺の経緯もあったようです。

寺は現在の愛宕山に位置し戦国時代には尼子方城山として毛利軍との戦にも巻き込まれたり焼失等により荒廃を重ね薬師堂のみを残す状況でした。

その後毛利輝元の帰依を得たこともあり平田村神宮寺の寂湛(中興の祖)は寺の再興に尽力を注ぎ享保17年に(寺号を改め)薬王山瑞雲寺を開基しました。

秋の二日間の大祭では護摩供養等祈願・放楽相撲や興行物で賑わったと記されています。

以上瑞雲寺ホームページより。 https://zuiunnji.jimdofree.com/



瑞雲寺御朱印

出雲十大薬師霊場の二番札所です。

はやし

天気のいい土曜日。クリーニングも出して、PCXのオイル交換も済ませたので外出します。

今日は平田の瑞雲寺、通称平田薬師に向かいます。

お昼時になったので、ご飯を食べます。以前から気になっていたはやしへ。

はやし (3)

朝ご飯を食べてなくて空腹のためカツ丼をチョイス。ゴルゴ13を読みながら待機。

来た来た、いただきまーす…

でかくね?

はやし (1)

かなりの重量感です

はやし (2)

山盛りです

おなかをすかせてきてよかった。無事完食。

瑞雲寺

おなかも膨れたところで、平田薬師へ向かいます。

平田高校とか、愛宕山公園を目当てに向かうと着きました。

瑞雲寺 (2)

駐車場がよくわからないけど、愛宕山公園の駐車場に停めるといいと思います。

雑木林に向かって細い階段があるので、侵入できます。

瑞雲寺 (5)

山門をくぐるとこんな感じ

瑞雲寺 (3)

瑞雲寺 (4)

瑞雲寺 (9)

瑞雲寺 (8)

この道を上ると開けた公園に出ます

家族連れが遊んでました

瑞雲寺 (7)

鐘楼

瑞雲寺 (12)

子安弘法大師像

瑞雲寺 (11)

平田薬師佛

瑞雲寺 (10)

瑞雲寺 (13)

納経帳もいただこうと思いましたが、こちらのお寺には置いていないとのこと

納経帳は一番札所とかにしか置いていないのが普通なんですかね、また一畑薬師に行って入手することにしましょう

はやしのカツ丼で胃腸に過負荷がかかっているので参拝後まっすぐ帰りました。食べ過ぎはよくない。

隠岐神社

隠岐神社

島根県隠岐郡海士町大字福井1365-5

隠岐神社(おきじんじゃ)は、島根県隠岐郡海士町に鎮座する神社である。

海士町は隠岐諸島の島前(どうぜん)にある中ノ島を主島とする1町1島の自治体である。社格は旧県社。

歴史​

承久3年(1221年)、承久の乱によって隠岐へ配流された後鳥羽天皇(配流時は法皇)は、当地の源福寺を行在所とし、旧在庁官人で海士郡の公文、田荘両職を兼帯した村上氏が身辺警護と監視にあたっていたともいわれている[1]。19年後の延応元年(1239年)2月22日に崩御して同25日に源福寺裏山で火葬にされ、遺灰を埋納して火葬塚を営んだ。万治元年(1658年)、松江藩主松平直政が廟殿を造営し、明治まで維持に努めたが、明治2年(1689年)に廃仏毀釈の影響で源福寺は廃寺(後に復興された)。

海士町後鳥羽院資料館に所蔵される絵図(江戸末期の様子)には、この火葬塚の場所に「後鳥羽院神社」(創建不詳)が描かれており、江戸末期には、島民によりここで祭祀が行われていたといわれている。しかし、1873年(明治6年)、法皇の御霊を大阪府三島郡島本町の水無瀬神宮に奉遷したため、1874年(明治7年)に後鳥羽院神社も取り払われた。なお、神社が取り払われての後も、祭祀が続けられていたといわれる。後に、この神社を中心とした旧源福寺境内地は、後鳥羽天皇の隠岐の御陵「御火葬塚」とされた。

1940年(昭和15年)の紀元二千六百年記念行事の一つとして、島根県が隠岐神社を創建した。1939年(昭和14年)に完成し、1943年(昭和18年)には県社に列せられている。鎮座地は「御火葬塚」に隣接している。

なお、神社が完成した1939年は、法皇の崩御700年に執り行われた「後鳥羽天皇七百年祭」の年でもあった。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE



隠岐神社御朱印

御朱印は隠岐神社授与所にていただきました

授与所は9:00~16:00のようです

隠岐神社にて、宇受賀命神社と、知夫村の天佐志比古命神社の御朱印もいただけるようです

隠岐神社 (1)

中之島で一番大きい神社、隠岐神社へ来ました

こちらの神社、結構新しい神社なんですね

隠岐神社 (2)

鳥居

隠岐神社 (3)

由緒

隠岐神社 (4)

土俵

隠岐神社 (5)

雨上がりのため参道が濡れてます

少し寒いですね

隠岐神社 (6)

狛犬

隠岐神社 (7)

狛犬

隠岐神社 (8)

石段を登る

新しい神社は比較的平地にあるので参拝しやすいですね

古い神社は山頂とか険しい立地で大変

それだけ昔の人は自然に畏敬の念があったんでしょうけど

隠岐神社 (9)

後鳥羽院の和歌

隠岐神社 (10)

手水舎

隠岐神社 (11)

隠岐神社 (12)

隠岐神社 (13)

参拝してたら小雨が

島根来てからにわか雨多いなあ

参拝後、後鳥羽院資料館を見てきました。入場料300円。

現代ですら隠岐に来るの大変ですから、昔の人からしたら本当に遠い場所だったんでしょうね

海士の牛 (2)

参拝後、中之島ツーリング

中之島にも牛が放牧されてますね

海士の牛 (1)

隠岐牛、高級だから手が出しにくいけどいつかは食べたいですね

カルデラ

カルデラ

山が削られてますね、なんか建てるのかな

味蔵天ぷら定食 (1)

お昼は昨日の晩御飯と同じ味蔵へ

店の雰囲気が気に入ったから再訪

昨日、隣の席にいた兄ちゃんが食べてておいしそうだった天ぷら定食を注文

味蔵天ぷら定食 (2)

海鮮丼も気になりましたが、小雨が降って寒かったので天ぷらにしました

美味し

帰りのフェリーくにが

5時間ほど船に乗って帰ります

疲れてたからか、二等客室でごろ寝してたら気づけば七類港でした

ポムの樹

ついたら夕方で外は夜でした

晩御飯は以前から気になっていたポムの樹でオムライス

隠岐で行けていないのは知夫村だけなので、また暖かくなったらチャレンジですね