福岡県の御朱印

住吉神社

住吉神社

福岡県福岡市博多区住吉3丁目1−51

住吉神社(すみよしじんじゃ)は、福岡県福岡市博多区住吉にある神社。式内社(名神大社)、筑前国一宮。旧社格は官幣小社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国2千数百社ある住吉神社の始祖であり、大阪の住吉大社・下関の住吉神社とともに「三大住吉」の1つに数えられる。

福岡市中心部、かつて比恵川と那珂川の河口、冷泉津に突き出る形で鎮座しており、航海守護神の住吉三神を祀る神社である。全国には住吉神社が2,000社以上分布し、一般には大阪の住吉大社がその本社とされるが、同社の『住吉大社神代記』には住吉三神は筑紫大神と記されているため、当社が全ての住吉神社の始祖である。古代には他の住吉神社とともにヤマト王権の国家的航海神として崇敬され、中世からは筑前国の一宮に位置づけられたほか、領主・一般民衆からも海にまつわる神として信仰された古社になる。

現在の本殿は江戸時代前期の黒田長政による造営で、その建築様式は「住吉造(すみよしづくり)」と称される古代日本の独特なもので、国の重要文化財に指定されている。他に文化財としては境内から出土したという弥生時代の銅戈・銅鉾などを伝世し、祭事としては例祭の「相撲会大祭」など祭神の由緒にまつわる各種神事を現在に伝えている。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E5%B8%82)



住吉神社

住吉神社 (2)
住吉神社、結構街中にありますね。

久しぶりに三車線の道を走ったのでこわかったです。

住吉神社 (1)

住吉神社 (3)

住吉神社 (4)

住吉神社 (5)

住吉神社 (6)
行列ですね。

住吉神社 (7)
参拝後、対馬行きのフェリーを予約しようとしましたが、二輪は予約できないんですね。

まあ、混んでないか。この寒いのにバイクで行くやつおらんやろし。

中州
無事ホテルも取れたので中州で遊ぶことに。

中州すばらしいわ・・・福岡に住みたいわ。

博多の晩御飯 (5)
晩御飯は博多のお姉さんに教えてもらった独りもつ鍋の店に。

孤独な人間にやさしいですね。

博多の晩御飯 (3)
カウンター席のみの店内。独りにやさしい。

博多の晩御飯 (1)
青森から来てる人がいました。青森から九州は遠いよなあ。なかなかこれないわ。

博多の晩御飯 (2)
青森は一度行きましたけど、再訪はいつになるのか。関西からはなかなか行けないですね。

神社巡りを始めてから、いろんな場所に行きましたけど、もう二度と行かない場所もあるんだろうなあ。としみじみ感じました。

筥崎宮

筥崎宮

福岡県福岡市東区箱崎1丁目1−22−1

筥崎宮(はこざきぐう)は福岡県福岡市東区箱崎に在る神社。式内社(名神大社)、筑前国一宮[1]。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)とも呼ばれる。大分県宇佐市の宇佐神宮・京都府八幡市の石清水八幡宮と筥崎八幡宮を三大八幡宮と呼ぶ[2]。

創建に関しては複数の説がある[3][4]が、公式サイトでは延喜21年に建立された説が紹介されている[3]。延喜21年(921年)6月21日に八幡神の託宣があり、応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祭神として筑前国穂波郡の大分宮を玄界灘に面した土地に移したのに始まる[3]。延長元年(923年)に現在地に遷座[3]。『延喜式神名帳』には「八幡大菩薩筥崎宮一座」と記載され、名神大社に列している。

元寇の際に亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し、神門に「敵国降伏」の扁額が掲げられた[3]。以来、海上交通・海外防護の神として信仰されている。

近代社格制度のもと明治4年(1871年)に県社に列格した。明治18年(1885年)に官幣中社に、大正3年(1914年)に官幣大社に昇格した[3]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%A5%E5%B4%8E%E5%AE%AE



箱崎宮

博多ラーメン
来ました博多。一度来たことあるけどあんまり覚えてない。ひとまずラーメン食べるぜ。

箱崎宮 (1)
筑前一ノ宮は博多区にあるので、都会ですね。アクセス良好。

箱崎宮 (2)
こちらの神社は大変混雑しております。流石博多。人も多い。

箱崎宮 (3)
ぞろぞろと参拝します。

箱崎宮 (5)
かっこいい文字が。流石外敵との距離が近い博多ならではですね。

高良大社

高良大社

福岡県久留米市御井町1

高良大社(こうらたいしゃ)は、福岡県久留米市の高良山にある神社。式内社(名神大社)、筑後国一宮。旧社格は国幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

古くは高良玉垂命神社(こうらたまたれのみことじんじゃ)、高良玉垂宮(こうらたまたれのみや)などとも呼ばれた。

久留米市中心部の東方に鎮座する。

古代から筑紫の国魂と仰がれ、筑後一円はもとより、肥前にも有明海に近い地域を中心に篤い信仰圏が見られる。厄年の厄ばらい・厄除け開運・延命長寿・現代では交通安全のご利益でも名高い。また芸能の神としての信仰もある。

高良大社自体が名神大社、筑後国一宮であるほか、本殿に合祀されている豊比咩神社が名神大社、境外末社の伊勢天照御祖神社が式内小社、味水御井神社が筑後国総社であるとされる。

社殿は国の重要文化財に指定されており、神社建築としては九州最大級の大きさである。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E8%89%AF%E5%A4%A7%E7%A4%BE



高良大社


高良大社 (1)
結構都会な久留米の街を突き進むと高良山に到着しました。

高良大社 (3)


高良大社 (4)
木製の鳥。なでます。

高良大社 (2)
参拝客多いですね。駐車場もいっぱい。

次は博多へと向かいます。

水天宮

水天宮

福岡県久留米市瀬下町265

水天宮(すいてんぐう)は、福岡県久留米市にある神社である。全国にある水天宮の総本宮。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。

天御中主神・安徳天皇・高倉平中宮(建礼門院、平徳子)・二位の尼(平時子)を祀る。

社伝によれば、寿永4年(1185年)、高倉平中宮に仕え壇ノ浦の戦いで生き延びた按察使局伊勢が千歳川(現 筑後川)のほとりの鷺野ヶ原に逃れて来て、建久年間(1190年 - 1199年)に安徳天皇と平家一門の霊を祀る祠を建てたのに始まる[1]。伊勢は剃髪して名を千代と改め、里々に請われて加持祈祷を行ったことから、当初は尼御前大明神、尼御前神社、尼御前宮などと呼ばれた。そのころ、中納言平知盛の次男平知時の子右忠が肥後国から千代を訪れ、その後嗣とした。これが現在まで続く社家・真木家の祖先である。幕末の志士・真木保臣は第22代宮司であり、境内社・真木神社に祀られている。

慶長年間に久留米市新町に遷り、慶安3年(1650年)、久留米藩第2代藩主有馬忠頼によって現在地に社殿が整えられ遷座したのが現在総本宮である久留米水天宮である[1]。 その後も歴代藩主により崇敬されたが、特に第9代藩主頼徳は、文政元年(1818年)に久留米藩江戸屋敷に分霊を勧請し、その後明治5年に現在の東京水天宮にご遷座された[1]。 明治元年(1868年)には元神明宮に分霊され相殿に祀られる。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E5%A4%A9%E5%AE%AE_(%E4%B9%85%E7%95%99%E7%B1%B3%E5%B8%82)



水天宮

水天宮朱印帳
御朱印帳もいただきました。

水天宮 (1)
せっかく久留米市まできたので、水天宮に参拝です。

安産祈願しとくか・・・

水天宮 (2)

水天宮 (3)
参拝中に職場から着信があってテンションが下がる。

今久留米市だから仕事にはもどれませんよ。