鳥取県の御朱印

妖怪神社

妖怪神社

鳥取県境港市大正町62−1

妖怪神社(ようかいじんじゃ)とは、鳥取県境港市の水木しげるロードにある神社[1]。運営会社は境港市大正町のアイズ[2]。漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の世界観で作られる。

概要​

「目玉石」と言われる目玉おやじの清めの水、一反木綿の鳥居などがある[3]。御神体は高さ約10尺(およそ3メートル)近くある黒御影石と、樹齢300年の欅である[4]。 1000年の節目である2000年1月1日午前0時に落成入魂式が行われる[5]。 また、神社建立の際に、漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の作者・水木しげるが神社を訪れ、御神体に入魂したという[4]。

この神社は、水木しげるロードにある妖怪のふるさとであり、また、妖怪達が住みやすい自然環境を守り育てるための妖怪の郷の意がある[5]。観光客が多く訪れ、著名人が訪れたり[1][6]、結婚式も行われた[7]。ライトアップが行われることもある[8][9]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A6%96%E6%80%AA%E7%A5%9E%E7%A4%BE



妖怪神社御朱印

御朱印は神社の隣にある土産物店、手作り工芸館むじゃらにて書置きを200円でいただきました。

まつや (6)

前勤務先の友人である借金大王が島根まで遊びに来たので有給を取って観光。

美保関にあるまつやに来ました。

11時開店ですが、待ってる人いますね。

まつや (1)

かなり期待の持てそうな店構えです。

まつや (2)

メニューもいろいろあります。

徳島でいうとびんびやみたいな感じかな。

まつや (3)

海鮮丼を注文して出てきたのがこちら。

やばい

まつや (4)

圧倒的でかさです

まつや (5)

借金大王はまつや定食を注文していました。そちらのサイズ感もやばかったです。

皆さんぜひ食べに行ってみてください。

水木しげるロード (5)

お腹も膨れたところで境港に来ました。

水木しげる先生の出身地ですね。

水木しげるロード (2)

仕事中の先生。

水木しげるロード (6)

なまけ者になりなさい

激務で早死にする人が多そうな漫画家ですが、水木先生は長生きでしたからね。

無理のし過ぎはよくないという戒め。

水木しげるロード (13)

水木しげるロードはこんな感じで商店街の両サイドにブロンズ像が並んでます。

私が行ったのは火曜日でしたので混んではなかったですが、そこそこ観光客いましたね。

水木しげるロード (4)

ポストの上には鬼太郎とおやじ。

水木しげるロード (11)

水木先生ご夫妻

ドラマ化もされて一躍人気になりましたね

水木しげるロード (8)

とうふ小僧

こいつの豆腐を食べると全身にカビが生えます

水木しげるロード (9)

ぬりかべ

水木しげるロード (16)

悪魔くん

水木しげるロード (18)

メフィスト2世

大人になってから見てもかっこいいですね

水木しげるロード (17)

家獣

鬼太郎より悪魔くんをよく見てたからか、悪魔くんのキャラを見ると懐かしく感じる

水木しげるロード (19)

名わき役サラリーマン

水木しげるロード (10)

一つ目小僧

私は遠方から妖怪の像を見て名前を当てていましたが、一緒にいた借金大王はあまり詳しくない様子でした

私は幼少のころから妖怪が好きだったので水木先生の本を愛読していたから覚えているのだ

水木しげるロード (20)

妖怪とか不思議なものは想像力を掻き立てられますね

妖怪神社 (1)

妖怪神社さんに参拝しましょう

妖怪神社 (10)

商店街の中にさりげなくあります

妖怪神社 (2)

目玉のおやじの清めの水

妖怪神社 (6)

御神体に触れて妖怪のパワーを受けましょう

妖怪神社 (8)

妖怪神社 (4)

妖怪の絵馬と妖怪念力棒

妖怪神社 (5)

こじんまりとしたお賽銭箱

妖怪神社 (7)

御神体を撫でまわして妖怪のパワーを全身に受けました

妖怪好きにはたまらないスポットですね、皆さんぜひご参拝ください

大山寺

大山寺

鳥取県西伯郡大山町大山9

大山寺(だいせんじ)は鳥取県西伯郡大山町(大山隠岐国立公園内)伯耆大山中腹にある天台宗別格本山の寺。中国三十三観音第二十九番。山号は角磐山。本尊は地蔵菩薩。

歴史​

大山寺は奈良時代に成立した山岳信仰の霊場であり、養老2年(718年)に俊方(金蓮上人)によって開かれたとされる。『選集抄』や『大山寺縁起』によると、俊方はある日大山で鹿を弓で射たが、その対象が鹿ではなく地蔵尊だったと知った[1]。俊方は殺生は罪深いことだったと悟り、出家して「金蓮」を名乗り、草庵をむすび地蔵菩薩を祀った[1]。この草庵が大山寺の起源とされる[1]。なお、この「起源」の説話が影響しているのか、現在でも、大山には石造りの地蔵が多数みられる[1]。

平安時代に入って天台宗が統括するようになり、西日本に於ける天台宗の一大拠点となった。寺の住職である座主は比叡山から派遣され、ここでの任期を勤めた後、比叡山に戻って昇格するという、僧侶のキャリア形成の場となった。

古くから信仰の道である大山道が岡山県岡山市から南北に整備され、途中出雲街道とも交差することもあって、信仰だけでなく、商業交通の面でも発展した。

中世には尼子氏・毛利氏などの戦国武将からも崇敬され、盛んに寄進や造営がなされた。江戸時代に入ると一時、中村一忠によって寺領の一部が没収されたが慶長15年(1610年)、西楽院の僧正豪円が幕府に働きかけたことにより大山寺領3000石が安堵された。

明治8年(1875年)廃仏毀釈により大山寺の号が廃された。大日堂(現在の本堂)に本尊を移し、本殿を大神山神社に引き渡した。これにより大山寺は急激に衰退した。明治36年(1903年)に大山寺の号が復活した。昭和3年(1928年)には4度の火災に見舞われた。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%AF%BA_(%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%9C%8C%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E7%94%BA)



大山寺出雲霊場御朱印

出雲國神仏霊場の第十番札所です。

s-大山寺中国観音御朱印

中国三十三観音霊場の第二十九番札所です。

大山寺 (1)

大神山神社奥宮の参拝が済んだので、大山寺に向かいます。

大山寺 (2)

手水舎

大山寺 (3)

お花の形

大山寺 (4)

大山寺 (5)

大山寺 (6)

灯明杉

大山寺 (7)



大山寺 (8)

大山寺 (17)

なんやこれ不発弾?

大山寺 (9)

大山寺 (10)

ここに着いたとき先客がめっちゃ強く鐘を鳴らしたのでビックリして心臓がやばかった。

大山寺 (11)

びんずるさん。体の悪いところをなでましょう。

頭と、肝臓のあたりと、足をなでておく。

大山寺 (15)

大山寺 (13)

参拝が終わると昼を過ぎていた。朝は寒かったけど少し暖かくなってきた。

奨 (1)

次郎系が食べたかったので今を粋ろ米子店に行ったのですが、臨時休業だったので松江に戻って中華蕎麦奨へ。セルフサービスのラーメン店って珍しいな。

家系ラーメン食べたかったのに平日限定…なんかタイミングを逸してるな

気を取り直してにんにくチャーシュー醤油ラーメンをチョイス

奨 (2)

美味し。卵かけご飯も追加で食べて満足。

今を粋ろは来月再訪かな。

大神山神社奥宮

大神山神社奥宮

鳥取県西伯郡大山町大山1

大神山神社(おおがみやまじんじゃ)は、鳥取県にある神社である。式内社、伯耆国二宮で、旧社格は国幣小社。伯耆大山山麓(米子市)の本社と山腹(西伯郡大山町)の奥宮とがある。

祭神​
大穴牟遅神 - 本社
大己貴命 - 奥宮

どちらも大国主神の別名である。

歴史

当社の奥宮は、大山に登った修験者が、海抜900mほどの場所に簡易な遥拝所を設置したのが起源とされている[1]。伯耆大山は、平安時代には修験道場として著名な山となっていたが、積雪により祭事に支障が生じるため、麓に冬宮を設置し、冬期はそこで祭事を行うようになった[1]。これにより、現在の「奥宮」は「夏宮」と呼ばれるようになった[1]。

大山は神体山として、大己貴命が鎮まるとされたが、神仏習合が広まると、当社は智明権現と称し、地蔵菩薩を本地仏とするようになった[1]。その後、三院にして百八十坊の規模となり、三千人の僧兵を擁するようになった[1]。

『勝見名跡誌』には伯耆大山の智明大権現と因幡・鷲峰山の鷲岸大明神が仲が悪く戦をしたとの伝承が載っている。元弘3年(1333年)、隠岐を脱出した後醍醐天皇が当社で鎌倉幕府打倒の祈願を行った。

明治8年(1875年)、神仏分離によって大山寺を廃し(大山寺は後に再興)、冬宮を本社とし、山腹の智明権現の仏塔を廃し、地蔵菩薩を除いて、奥宮とした[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A5%9E%E5%B1%B1%E7%A5%9E%E7%A4%BE



大神山神社奥宮御朱印

吉野家

土曜日。今日は大山に行くことにします。

寒くなって雪が降ったら行けなくなるからね。

早く目覚めすぎたので吉野家で朝ご飯。久しぶりに牛丼食うわ。

大神山神社奥宮 (1)

PCXで国道9号線を東進し鳥取入りし、大山に向かう。

めっちゃ寒い。ロンTをパーカーの下に着て、ジーパンの下にタイツを履いてきたが寒い。

タイツを履くのなんて真冬だけだったのに。10月だというのに山陰は冷えますね。

大きい山が見えた。

大神山神社奥宮 (2)

いい感じの山への道。

大神山神社奥宮 (3)

立派な山やな。

大山寺 (18)

車いないと思って車線変更したら事故りかけたわ。気を付けないと。

参道、車で入れますのでゆっくり侵入。門前町があります。

大神山神社奥宮 (4)

途中に駐車場があったので停めて向かう。

大神山神社奥宮 (5)

神はここにくだり 人はここにのぼる

大神山神社奥宮 (6)

大神山神社奥宮 (7)

後醍醐天皇の再起にも関係してるんですね。

名和長年さんの弟さんですか。

名和さんについては名和神社の記事を見てください。

大神山神社奥宮 (8)

大山寺と大神山神社奥宮がありますが、先に神社へ向かう。

鳥居。上のほう苔むしてますね。

大神山神社奥宮 (9)

鳥居を抜けても仏教感。

大神山神社奥宮 (10)

石畳の参道を進む。結構ぼこぼこしてる。

大神山神社奥宮 (11)

鳥居

大神山神社奥宮 (12)

御神水

大神山神社奥宮 (13)

後向き門

扉が逆向きに開くからとのこと。

大神山神社奥宮 (18)

全体図

大神山神社奥宮 (16)

下山神社

大神山神社奥宮 (17)

弁財天社

大神山神社奥宮 (14)

大神山神社奥宮 (15)

意外と石段も長くなく、近くまで車で来られるので参拝しやすかったです。

大神山神社(本社)

大神山神社(本社)

鳥取県米子市尾高1025

大神山神社(おおがみやまじんじゃ)は、鳥取県にある神社である。式内社、伯耆国二宮で、旧社格は国幣小社。伯耆大山山麓(米子市)の本社と山腹(西伯郡大山町)の奥宮とがある。奥宮の本殿・幣殿・拝殿および末社下山神社本殿・幣殿・拝殿は国の重要文化財に指定されている。

当社の奥宮は、大山に登った修験者が、海抜900mほどの場所に簡易な遥拝所を設置したのが起源とされている。伯耆大山は、平安時代には修験道場として著名な山となっていたが、積雪により祭事に支障が生じるため、麓に冬宮を設置し、冬期はそこで祭事を行うようになった。これにより、現在の「奥宮」は「夏宮」と呼ばれるようになった。
大山は神体山として、大己貴命が鎮まるとされたが、神仏習合が広まると、当社は智明権現と称し、地蔵菩薩を本地仏とするようになった。その後、三院にして百八十坊の規模となり、三千人の僧兵を擁するようになった。
『勝見名跡誌』には伯耆大山の智明大権現と因幡・鷲峰山の鷲岸大明神が仲が悪く戦をしたとの伝承が載っている。元弘3年(1333年)、隠岐を脱出した後醍醐天皇が当社で鎌倉幕府打倒の祈願を行った。
明治8年(1875年)、神仏分離によって大山寺を廃し(大山寺は後に再興)、冬宮を本社とし、山腹の智明権現の仏塔を廃し、地蔵菩薩を除いて、奥宮とした。

以上ウィキペディアより。

大神山神社
米子に来ました。鳥取の西の端ですな。

大神山神社 (1)
トライアスロンしてて運転しにくい。

大神山神社 (2)
コイが多いな…

大神山神社 (3)

大神山神社 (4)

大神山神社 (5)

大神山神社 (6)

親子丼
境港で海鮮食べたかったけど、バイパスが異様に混んでたので諦める。大山パーキングエリアで親子丼を食す。美味い!!

名和神社

名和神社

鳥取県西伯郡大山町名和556

名和神社(なわじんじゃ)は、鳥取県西伯郡大山町(旧名和町)にある神社で、名和長年を祭る。旧社格は別格官幣社。建武中興十五社の一社である。社紋は、名和氏の家紋の帆懸船である。

名和神社

名和神社 (1)
久しぶりの建武中興十五社です。今回は三木一草の一人、名和伯耆守長年さんの名和神社です。

名和神社 (2)

名和神社 (3)

名和神社 (4)
参道には桜並木。春はきれいだろうな。

名和神社 (5)

名和神社 (6)

名和神社 (7)

名和神社 (8)
工事中でした。

名和神社 (9)
建武中興十五社の御朱印帳を出すと、宮司さんに話しかけられました。福島の霊山神社や、成田の小御門神社に参拝済みなことに驚かれたようです。

まあ、その二社はガチで遠かったしね…。大変だった記憶がよみがえってきましたわ。。

残りも頑張って参拝しよう。