京都府の御朱印

清水寺

清水寺

京都府京都市東山区清水一丁目294

清水寺は法相宗(南都六宗の一)系の寺院で、広隆寺、鞍馬寺とともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、京都では数少ない寺院の1つである。また、石山寺(滋賀県大津市)、長谷寺(奈良県桜井市)などと並び、日本でも有数の観音霊場であり、鹿苑寺(金閣寺)、嵐山などと並ぶ京都市内でも有数の観光地として有名であり、季節を問わず多くの参詣者が訪れる。また、修学旅行で多くの学生が訪れる。古都京都の文化財としてユネスコ世界遺産に登録されている。

清水寺の宗旨は、当初は法相宗で、平安時代中期からは真言宗を兼宗していた。明治時代初期に一時真言宗醍醐派に属するが、明治18年(1885年)に法相宗に復す。昭和40年(1965年)に当時の住職大西良慶が北法相宗を立宗して法相宗から独立した。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%AF%BA



清水寺

二郎 (2)
朝6時半起床。前日の忘年会で寝不足のまま友人の車で出発。

友人がラーメン二郎を食べてみたいと言うからである。

友人「腹も減ってきたし、大盛りいけるな!」

車中では威勢のいい言葉が飛び交っておりました。

二郎 (3)
肉追加、ニンニク、野菜、油、辛めを注文。

チャーシュー美味しいが、苦しい。5年ぶりぐらいに食べましたが、パンチ力ありますわ。

友人は大盛りを食べて死んでました。

清水寺までの道 (3)
八坂神社近くに車を停めて、歩いて清水寺へ向かう。

結構遠くないか?京都S大学卒の友人に道案内を任せているが、あんまりわかってなさそう。

清水寺までの道 (5)
歩きつかれてカフェで休憩。今日と寒いかと思ったが歩くと暑い。

清水寺までの道 (6)
趣のある道が続く。

清水寺までの道 (7)
観光客も多い。

清水寺 (3)
門前町を通り、到着。木刀とか売ってますね。修学旅行の定番ですね。

清水寺 (9)

清水寺 (12)
本堂工事中でした。

清水寺 (11)
これが有名な清水の舞台か。

飛び降りたら死ぬやろ。

清水寺 (13)
滝。

清水寺 (14)
修復どれくらいかかるんやろなあ。

地主神社 (1)
良縁祈願のために地主神社に参拝。

地主神社 (2)
オオクニヌシさまとウサギ。

地主神社 (3)
めっちゃかわいくてお利口で稼ぎのある人と結婚できますように・・・

先斗町 (1)
参拝後は町を散策。先斗町や!

先斗町 (2)
風情ある街並み。

夜は短し歩けよ乙女を思い出します。

黒髪の美少女と遊びたいなあ。

桃山天満宮

桃山天満宮

京都市伏見区御香宮門前町

御香宮の境内に鎮座。

桃山天満宮


桃山天満宮 (1)
御香宮の境内にあるので、桃山天満宮さんにも参拝しましょう。

桃山天満宮 (3)

桃山天満宮 (2)
天満宮恒例、受験生の絵馬。

最近って推薦とかAO入試とかいろいろな入学方法が増えてますけど、それでも受験戦争っていうのは大変なんですかね?

学生の質の低下がうんぬんとか言いますけど、大学生なんて居酒屋で飲んでるだけだからなあ。

桃山天満宮 (4)

桃山天満宮 (5)
梅の花は季節的にまだですね。

御香宮神社

御香宮神社

京都府京都市伏見区御香宮門前町

御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ、ごこうぐうじんじゃ)は京都市伏見区にある神社である。式内社で、旧社格は府社。通称御香宮、御幸宮。伏見地区の産土神である。
神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀る。神功皇后の神話における伝承から、安産の神として信仰を集める。 また社務所内に小堀政一(遠州)が伏見奉行所内に作ったとされる庭園が移設されている。

初めは「御諸神社」と称した。創建の由緒は不詳であるが、貞観4年(862年)に社殿を修造した記録がある。伝承によるとこの年、境内より良い香りの水が湧き出し、その水を飲むと病が治ったので、時の清和天皇から「御香宮」の名を賜ったという。実際には菟芸泥赴によると、「筑前国糟谷郡の香椎御宮から神功皇后を勧請し皇后御廟香椎宮を略し、御香の宮と申す」とあり筑紫の香椎宮をこの地に分霊し勧請した説の方が有力であるが神社側は説の一つに過ぎないとして否定している。この湧き出た水は「御香水」として名水百選に選定されている。ボトルを持参して取水する地元民も多い。。全国にある「香」の名前のつく神社は、古来、筑紫の香椎宮との関連性が強く神功皇后を祭神とする当社は最も顕著な例である。
豊臣秀吉は、伏見城築城の際に当社を城内に移し、鬼門の守護神とした(現在でも古御香宮として残っており、また伏見宮貞成親王に関係が深かったこともあり、境内は陵墓参考地として指定されている)。
後に徳川家康によって元の位置に戻され、本殿が造営された。表門は伏見城の大手門を移築したものとされている。
明治元年(1868年)に起こった鳥羽・伏見の戦いでは伏見町内における官軍(薩摩藩)の本営となったが、本殿等は無事であった。
昭和に入ってからはすぐ東を通る国道24号線の拡幅に伴い、境内の一部を道路用地として提供し、その際に元伏見奉行所の跡で、米軍のキャンプ地の跡である桃陵団地建設の際に発見された小堀遠州ゆかりの庭園が、造園家・中根金作の手によって、社務所の裏側に再現された。
本殿には、菊の御紋や五七の桐紋、葵の御紋が見られる。

以上ウィキペディアより。

御香宮

御香宮 (1)
スーパーホテル大和郡山を出発し、近江一ノ宮を目指すぜ!

が、なぜか京都に入ってしまった。曲がる場所を間違えたようだ。大きな神社があるので参拝しましょう。

御香宮 (2)

御香宮 (3)

御香宮 (4)

御香宮 (5)
京都十六社朱印巡りっていうのがあるんですね。気になる。

御香宮 (6)
道中の安全を祈願しましょう。

金刀比羅神社(京丹後市)

金刀比羅神社(京丹後市)

京都府京丹後市峰山町泉1165−2

金刀比羅神社

金刀比羅神社 (1)
天橋立からすぐつきました。

金刀比羅神社 (2)

金刀比羅神社 (3)
池に亀が大量にいる。

金刀比羅神社 (4)

金刀比羅神社 (5)
人口密度がやばい。

金刀比羅神社 (6)
社務所でエサも打ってました。子どもがエサやるんやろな。

金刀比羅神社 (7)

金刀比羅神社 (8)

金刀比羅神社 (9)

金刀比羅神社 (17)


金刀比羅神社 (10)

金刀比羅神社 (11)

金刀比羅神社 (12)

金刀比羅神社 (13)

金刀比羅神社 (14)
日本で唯一、狛ネコ。確かに初めて見たわ。

金刀比羅神社 (15)

金刀比羅神社 (16)
子ども連れが遊んでました。やっぱりカメにエサはやるみたいやな。

ここから豊岡まで帰りました。宿が取れてよかったぜ。

ホテル豊岡
今日の宿はOホテル豊岡さんです。

受付のかわいい女性に「ポイントカードお作りしてもいいですか??」と笑顔で言われて

「…あ…いや…結構です」とキョどりながら答えてしまった。だって5回宿泊でポイント貯まるとか一生のうちに貯められなさそうでしたもの…。ごめんよ。。

豊岡駅 (1)
荷物を置いて、晩御飯を食べに出かける。豊岡駅、駅舎きれいですね。あんまり人はいないけど。

豊岡駅 (3)
駅前商店街。

豊岡駅 (4)
横の路地に飲食店等が点在。

双葉
今日の晩御飯は双葉さんにしました。豊岡小学校の近くなので、駅からは少し離れてますね。

双葉 メニュー (1)
とりあえず生で。車の旅やからあんまり汗かいてないけど、ビールは美味いな!!

双葉 メニュー (2)
シマアジ。

双葉 メニュー (3)
牛タタキ。但馬牛が有名なんですね。

双葉 メニュー (4)
砂肝揚げ。レモンチューハイにも合うぜ。

店主の方も愛想よくて、地元の人とも話せて、楽しかったです。ありがとうございました。

ラーメン
〆にラーメン食べて帰る。あんまりラーメン屋とかなさそうな雰囲気。飲み屋はちょこちょこありますが。

豊岡の夜 (3)


豊岡の夜 (1)

豊岡の夜 (4)
夜の豊岡。静かやね。飲みに来てる人もちらほら。いい感じや。

籠神社

籠神社

京都府宮津市字大垣430

籠神社(このじんじゃ)は、京都府宮津市にある神社。式内社(名神大社)、丹後国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
元伊勢の一社であり、「元伊勢籠神社」とも称する。また「元伊勢根本宮」「内宮元宮」「籠守大権現」「籠宮大明神」ともいう。現在まで海部氏が神職を担当している。丹後国総社は不詳だが、当社が総社を兼ねたとする説がある。

以上ウィキペディアより。

籠神社

海鮮丼

出石神社からひた走り、宮津市へ。もう3時だが、遅い昼食をとる。出石蕎麦と悩んだが、食べ損ねてここまで来てしまった。海沿いやし、海鮮丼やな!!

籠神社 (1)
着いた。どこかと思えば天橋立の近くやん。図らずも日本三景に来れた。

籠神社 (2)

籠神社 (4)


籠神社 (6)

籠神社 (7)
狛犬。

籠神社 (5)
ここから先は撮影禁止。

帰りにエンジンかけミスして、車が滑り出して危うく事故りかける。あぶねえ。

天橋立 (1)

天橋立 (2)
天橋立。美しいね!!