兵庫県の御朱印

綱敷天満宮

綱敷天満宮

兵庫県神戸市須磨区天神町2丁目1−11

綱敷天満宮

綱敷天満宮 (1)
須磨に来ました。神社参拝します。

綱敷天満宮 (2)
受験シーズンは過ぎてるので、参拝客もひと段落しているであろう天満宮。

綱敷天満宮 (3)

綱敷天満宮 (4)
天満宮といえば梅。

綱敷天満宮 (9)
東風吹かば匂い起こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ

綱敷天満宮 (7)
思うつぼ…?

綱敷天満宮 (5)
母子像。

綱敷天満宮 (8)
菅公(子供時代)

カンコー学生服って菅公のことなんですね。流石学問の神。

綱敷天満宮 (12)
波乗り祈願・・・?

流石港町神戸。

綱敷天満宮 (13)
天満宮恒例なで牛

綱敷天満宮 (14)
なすのこしかけ・・・?

腰掛けて祈願しておきました。

綱敷天満宮 (10)

綱敷天満宮 (11)
敷地は広くないですけど、面白いオブジェがいっぱいの神社でした。

須磨水族園 (8)
参拝後、本来の目的地である須磨水族園へ。

須磨水族園 (2)
ちんあなご

須磨水族園 (3)
子供連れでいっぱいです。アシカパン食べて休憩。

須磨水族園 (15)
ペンギン

須磨水族園 (17)
争うペンギン

楽しかったです。ペンギンかわいいなあ。

晩御飯
晩ごはんは満場一致でさかなになりました。

寿司はおいしいです。

由良湊神社

由良湊神社

兵庫県洲本市由良3丁目5−2

s-由良湊神社

s-由良湊 御朱印帳
オリジナル御朱印帳あります。なんと美しい!

花さじき (2)
前日の疲労が抜けきらぬ中、淡路島に来ました。

花さじき (7)
花さじきでお花に囲まれてリフレッシュします。

花さじき (1)
美しいですな~。

花さじき (8)
朝ドラのロケ地だったんですな。波瑠、かわいいけどセブンティーンのモデル時代のギャル姿もいいと思う。

花さじき (10)
藤の花。蜂が多くて撮影に苦労。

花さじき (11)
たまにはこういうところに来るのもいいですね。

由良湊神社 (2)
この後、たこせんべいの工場見学したり鰆丼食べたりしてから神社に。

由良湊神社 (1)
オリジナル御朱印帳の存在を耳にしたため、ぜひとも参拝したかったのです。

由良湊神社 (3)
近所の子供が境内で遊んでますね。

由良湊神社 (4)

由良湊神社 (5)

由良湊神社 (6)

この神社に向かう途中、マツダのクソナビが謎の狭小ルートを案内したせいでアクセラちゃんにキズが入ってしまいましたが、美しい御朱印帳をいただけたので大満足です。マツダのナビは反省しておくように。

アクセラちゃんのキズはオートバックスで買った塗料で隠しておきました。これで万事OK。

二日連続の長旅で慢心相違。明日は仕事や。。

男山八幡宮

男山八幡宮

兵庫県姫路市山野井町

男山八幡宮(おとこやまはちまんぐう)は兵庫県姫路市山野井町にある神社。男山の中腹に鎮座している。

1345年(貞和元年) - 赤松貞範が国府姫路の姫山に城(姫路城)を築く際に京都の岩清水八幡宮より分霊し男山に祀る。城の鎮守社として歴代城主の信仰も厚かった。
1679年(延宝7年) - 松平直矩が社殿を修理した。麓の参道入り口に現在残っている石鳥居は、この時に寄進された物。
1716年(正徳6年) - 榊原政邦が社殿を新築再建した。社殿の前に現在残っている石鳥居は、この時に寄進された物で武運長久・家門繁栄を願った文章が刻まれている。政邦は「男山八景」の和歌も詠んでいる。
1987年(昭和62年)10月16日 - 放火で建物を焼失した。
1990年(平成2年)9月 - 本殿・幣殿・拝殿を再建した。

以上ウィキペディアより。

男山八幡宮
書置きをいただきました。

男山八幡宮 (8)
上った先にありました。

男山八幡宮 (9)

男山八幡宮 (10)
姫路城から歩き続けて疲れました。

男山八幡宮 (11)
姫路で食事どころを見つけられず、淡路SAで二度目の休憩。姫路ではステーキのカワムラってとこが気になったけど、高級店なのね・・・あきらめました。

たまねぎラーメン
たまねぎラーメン食べてフィニッシュ!!めっちゃ眠いです。運転してないのに。コンパ翌日の遠出はきついと学びました。

千姫天満宮

千姫天満宮

兵庫県姫路市山野井町1-3

千姫天満宮(せんひめてんまんぐう)は兵庫県姫路市山野井町にある神社。男山の中腹に鎮座している。

1623年(元和9年)3月 - 千姫(徳川家康の孫、豊臣秀頼正室)によって創建される。
2002年(平成14年)4月 - 社殿を新築する。

千姫は天神(天満宮・菅原道真)を信仰しており天神の木像を祀っていた。1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で秀頼が自害し千姫は寡婦となるが、その翌年、1616年(元和2年)には本多忠刻と再婚。1617年(元和3年)に忠刻が姫路に移封されると、千姫は本多家の繁栄を願い姫路の天門(乾・北西)の鎮めとするため1623年(元和9年)3月に男山に天満宮を建立し6枚の羽子板を奉納した。千姫が生活していた姫路城西の丸から拝礼出来るように東向きに造営されており、千姫は長局の廊下から拝礼していたと伝わる。

千姫が奉納した羽子板に肖って絵馬は羽子板の形になっており、麓の店で販売している。また、切手を貼れば郵便物として郵送も可能。

学業成就の他、忠刻と千姫の夫婦仲の良さから恋愛成就の御利益もあるといわれている。

以上ウィキペディアより。

千姫天満宮
書置きをいただきました。

男山八幡宮 (4)
水尾神社から少し石段を登るとあります。

男山八幡宮 (5)

男山八幡宮 (7)
撫で牛。

男山八幡宮 (6)
まだあるので、さらに上ります。疲れてきた。

水尾神社

水尾神社

兵庫県姫路市山野井町1-3

水尾神社(みおじんじゃ)は兵庫県姫路市山野井町にある神社。男山の麓に鎮座している。

古くは伊和大神を祀り、565年から大己貴命を祀ったとされる。
764年(天平宝字8年)6月11日 - 飾磨郡伊和里水尾山(現在の姫路市山野井町)に兵主神を祭祀する。
787年(延暦6年) - 坂上田村麻呂が兵主神を飾磨郡国衙小野江梛本(現在の姫路市本町)に遷座する(現在の播磨国総社)。周辺の民が男山に祠を建てて祀った。このため水尾神社は播磨国総社の元宮といわれている。
1619年(元和5年) - 本多忠政が姫路城を増築する際、神守岡より岡大歳社を遷座し社殿を造営する。
1983年(昭和58年) - 屋台を新調する。
平成?年 - 社殿を新築する。

以上ウィキペディアより。

水尾神社
書置きをいただきました。

男山八幡宮 (1)

男山八幡宮 (2)

男山八幡宮 (3)
水尾神社は男山のふもとにあります。

あと二社鎮座しているので、上っていきます。