中国・四国地方の御朱印

薬師院

薬師院

島根県松江市鹿島町名分534

当寺の創立年代は不詳であるが、寺の縁起によると、昔恵心僧都諸国巡錫の際、この山に登り求聞持の法を修し、その時霊験を得て、明星を感得し明星山と号し、3体の阿弥陀如来の像を画いて奉安したと寺伝に記されている。
 当寺の本尊虚空蔵はその作者は不明であり、今の寺の創立年代も不明であるが、早くより本浄坊と称し、佐陀神社社僧十二坊の一つとして、元禄時代まではその寺領を受けていたという。又境内の薬師堂はもと佐陀神社の近くにあったが、神仏習合の制が廃止されると共に、本浄坊の境内に移転された。この堂には行基菩薩の作と伝えられる薬師如来を本尊として奉安してあるので、その頃から本浄坊の号も改めて、薬師院と称するようになったのである。

以上出雲十三仏霊場ホームページより。 http://izumo-13butu.jp/temple/yakushiin.html



薬師院御朱印

薬師院 (1)

出雲十三仏霊場巡りを進めます。

第四番札所の薬師院は松江市の鹿島にあります。原発のあるところですね。

ちなみに県庁所在地に原発があるのは松江市だけだそうです。

薬師院 (2)

薬師院、車でも来られますが道は細いですね。

最近巡礼してる寺は狭小な道が多い。PCXじゃないと巡れないわ。

薬師院 (3)

薬師院 (8)

弘法大師堂

薬師院 (4)

薬師堂

薬師院 (5)

梅の花が咲いている

春ですなあ

薬師院 (6)

本堂

薬師院 (7)

このあと洋服の青山で礼服注文しました。法事のために帰省するので。

スーツって結構値段するよね。新入社員のころとか買う余裕なかったわ。

こちょうらんはなれ (3)

用事も終わったのでお昼にしましょう。

こちょうらんはなれ屋

こちょうらんはなれ (1)

刺激を求めて金濃辛大辛を注文。

唐辛子が降り積もってる。

こちょうらんはなれ (2)

ごちそうさまでした。

満願寺

満願寺

島根県松江市西浜佐陀町879

当山は平安時代淳和天皇の天長年間(824~835年)弘法大師空海上人によって聞かれた寺である。上人は諸国巡化の折、杵築(出雲)大社へ参龍しようとして、立ち寄られ、まさに四神相応の地(天地の神のみこころに相応の地)であるとしてしばらく逗留され、その夜より一刀三礼のもと彫り上げられたのが秘仏本尊聖観世音菩薩(2尺3寸)の座像で33年に一度の御開扉がある。
 また、出雲観音第31番霊場で、庭には毛利元就公お手植の「玉椿」(樹令500年)や、四国八十八か所お砂踏み石、ひときわ高くそびえる樹高20メートルの大イチョウがあり朝夕の遙拝の目じるしにされている。

以上出雲十三仏霊場ホームページより。 http://izumo-13butu.jp/temple/manganji.html



満願寺十三仏御朱印

出雲十三仏霊場第四番札所です。

満願寺三十三観音御朱印

出雲三十三番観音霊場第三十一番札所です。

濃超乱 (1)

暖かくなってきたと思ったのに風が強くて寒い。

遠出は寒くてしんどいので学園の濃超乱へ。

白濃ラーメンを注文。

濃超乱 (2)

美味い。

最近からあげセットで頼むのが定番となっている。からあげ美味い。

満願寺 (1)

満腹になったところで巡礼に出ます。

満願寺に来ました。

国道431号線沿いに看板あるのでそこを入るとすぐです。

満願寺 (3)

縁起

満願寺 (2)

満願寺 (4)

満願寺 (5)

古江六地蔵の札所でもあるんですね。

満願寺 (7)

鐘楼

満願寺 (6)

お大師さま

満願寺 (8)

満願寺

毛利元就公のお手植えの玉椿

ここは尼子との戦のときの陣になったようですね。お城もあったとのこと。

満願寺 (9)

四国八十八箇所霊場お砂踏みがあります

満願寺 (10)

八十八箇所もまた巡礼したいなあ

徳島県内で中断してるし

満願寺 (11)

満願寺 (12)

最近山のほうの寺が多かったのでこういうすぐに参拝できるお寺は久しぶりですね。

石段を登る苦痛がないと物足りなくなってるかもしれない

成相寺

成相寺

島根県松江市荘成町440

当山は行基菩薩の創立と云われ後にお大師さまが巡錫の折り、山号、寺号を賜ったと伝えられている。山門の金剛力士も行基菩薩の作と伝えられ、現住で53世になることからも歴史がうかがえる。その昔佐太神社の奥之院として別当職も務めており、県の有形文化財「神像群」も安置されている。平安末期を下らぬ稀有のものとされている。また当山には観音堂があり、如意輪観世音菩薩を本尊とし、出雲三十三観音霊場第28番の札所として栄える。両本尊とも秘仏である。庭には樹令350年と云はれる老紅梅もあり毎年美しい花を咲かせる。
 寺有山林八十四町歩を生かして椎茸栽培も行われている。毎年1月25日には文殊菩薩の縁日として、護摩祈願祭も行なわれている。

以上出雲十三仏霊場ホームページより。  http://izumo-13butu.jp/



成相寺十三仏御朱印

出雲十三仏霊場第三番札所です。

成相寺三十三観音御朱印

出雲三十三番観音霊場第二十八番札所です。

豚八 (5)

天王誕生日ですね。島根県は竹島があるからか街宣車が多いです。

ここ二回ほど訪問して混んでたので諦めた豚八でお昼ご飯にします。

開店直後に入店に成功。

豚八 (3)

塩ラーメンから揚げセットを注文。

豚八 (1)

塩もあっさりでいけるな。

豚八 (2)

豚八美味いわ。また来よ。

成相寺 (1)

成相寺を目指すも場所がよくわからず迷子に。

山道を抜けてようやく看板を見つける。

成相寺 (3)

看板までたどり着くのが大変ですね。周りは畑。

成相寺 (14)

看板から北上すると山門

成相寺 (4)

突き当たりに寺があります。

成相寺 (5)

由緒

成相寺 (6)

古江六地蔵の第三番札所でもあるんですね

成相寺 (7)

成相寺 (8)

成相寺 (9)

成相寺 (10)

イヌ

成相寺 (11)

成相寺 (12)

成相寺 (13)

今日は比較的風がないのでバイクでも安全に参拝できました。

穏やかな天候が続けばいいですね。

金剛寺

金剛寺

島根県松江市東長江町299

当山は地頭平の常村の祈願所で十二坊があったという。しかし享徳二年、常村の孫中常性粗暴で、伽藍破り佛像は山下の薬師が谷に集めて焼き払ったという。その時火中にあった阿弥陀如来と馬頭観音は災をまぬがれ、それぞれ本堂と観音堂の本尊に祀られたと伝えられている。開山大拙雄和尚が明応年間であった。
石段の下に清水の湧く井戸があり、小さなお堂の中に何伽井観音が祀られている。これは古来阿伽井と呼ばれる霊泉であり、昔在所の長者の娘が大変な醜女であり、長者が観音に願をかけて祈ったところ美人にかわり、お礼に剣一口鏡二枚を井戸の底に埋めてある。(痣で悩む人の参詣もあります。)

以上仏壇の原田様ホームページより。 http://www.butsudannoharada.com/temple/2011/10/post-9.html



金剛寺御朱印

書置きをいただきました。

金剛寺 (11)

成相寺に行こうとして道に迷ったため金剛寺に目的地を変更しました。

長い石段がありますが車で近くまでいけます。

金剛寺 (16)

白くにごった池があります

金剛寺 (14)

コイ

金剛寺 (12)

美人の井戸の由緒

金剛寺 (17)

これが井戸かな

金剛寺 (18)

阿伽井観世音

金剛寺 (19)

金剛寺 (1)

金剛寺 (2)

金剛寺 (3)

金剛寺 (4)

古江六地蔵

金剛寺 (5)

金剛寺 (6)

手水舎

金剛寺 (8)

金剛寺 (7)

雪残ってますね

山に近いからか地面が苔むしている

金剛寺 (9)

金剛寺 (10)

帰り道風めっちゃ強くてPCX転倒しそうでこわかったです

濃超乱 (1)

東朝日町の豚八に行きたかったのですが営業時間終わりそうだったので学園の濃超乱に来ました。

黒醤油DXを注文。

濃超乱 (2)

昨日日本酒飲みすぎたので塩分が美味しい。

から揚げセットにしたので食べすぎて苦しい。調子に乗りすぎた。



安仁神社

安仁神社

岡山県岡山市東区西大寺一宮895

安仁神社(あにじんじゃ)は、岡山県岡山市東区西大寺にある神社。式内社(名神大社)、備前国元一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。

創建の年代は不詳。社伝では、神武東征の際に五瀬命が数年間この地に滞在し、神武天皇が即位の後に五瀬命ら皇兄たちをこの地に祀って「久方宮(ひさかたのみや)」と称したのが起源としている。

国史の初見は『続日本後紀』の841年(承和8年)2月8日条に「安仁神預名神焉(あにのかみみょうじんにあづかる)」とあるもので、平安時代後期に編纂された『延喜式神名帳』では備前国では唯一の名神大社に列せられている。元々は当社が備前国一宮となるはずであったが、939年(天慶2年)における天慶の乱において当社が藤原純友方に味方したため、一宮の地位を朝廷より剥奪されたとされる。その後、備前国一宮の地位は天慶の乱勃発当時に朝廷に味方した備中国の一宮である吉備津神社より御霊代を分祀されて創建した吉備津彦神社(岡山市北区一宮)に移ったと伝えられる。

元々、社殿は背後の宮城山(みやしろやま)の山頂にあったが、1344年(康永3年)に火災で焼失した。その後、備前藩主池田綱政によって現在地である中腹に再建され、備前藩の祈願所となった。

1871年(明治4年)に国幣中社に列せられ、祭典への勅使参向、1926年(大正15年)には皇太子裕仁親王の行啓を仰ぎ、祈年祭・新嘗祭・例大祭には併せて幣帛供進使の参向があった。第二次大戦後は神社本庁所管の神社として別表神社となった。

明治年間、大雨によって本殿後方の法面(のりめん)が崩れた際に弥生時代中期の銅鐸が発見された。この銅鐸については後に京都大学教授の小林行雄によって学会に報告されている。銅鐸は岡山県指定重要文化財に指定され、岡山県立博物館に寄託されている。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BB%81%E7%A5%9E%E7%A4%BE



安仁神社御朱印

書置きをいただきました。

ダントツラーメン (1)

岡山の大巨人先輩に会いに岡山市に来ました。

一先ずお昼ごはんにします。ダントツラーメンに来ました。

ダントツラーメン (2)

胃腸の調子を考慮してラーメン小盛にします。

今食べ過ぎると夜の飲み会で飲めなくなるので。

ダントツラーメン (3)

小盛だと楽々食べられますね。

安仁神社 (1)

ホテルのチェックインまで時間があるので西大寺の安仁神社に来ました。

岡山市内ですけど、畑が多くて田舎な雰囲気ですね。

安仁神社 (2)

公園みたいな入り口ですね。

元一宮だけあって敷地広い。

安仁神社 (3)

安仁神社 (4)

安仁神社 (5)

鳥居

鳥居の上に石ころを乗せるのは全国共通なんですかね?

安仁神社 (6)

二つ目の鳥居

安仁神社 (7)

手水舎

安仁神社 (8)

安仁神社 (9)

安仁神社 (10)

安仁神社 (11)

手水舎

安仁神社 (13)

安仁神社 (14)

こちらの神社、元一宮ですけど藤原純友の乱に際して純友側についたために地位を剥奪されてるんですよね。

最近大河ドラマで明智光秀が取り上げられていましたが、戦のときにどちらに味方をするかって難しい判断ですよね。本能寺の変のときも明智に味方した姉小路とか一色とかは滅亡してしまってますし。

日本酒

晩御飯は大巨人さんといざ酔いの月で日本酒飲み放題をいただきました。

日本酒飲み放題&すし食べ放題で5,000円ってすごくない?大満足でした。