大阪府の御朱印

堀川戎神社

堀川戎神社

大阪府大阪市北区西天満5丁目4-17

堀川戎神社(ほりかわえびすじんじゃ)は、大阪市北区にある神社である。

大阪市内および近畿一円では、大阪市内南部の今宮戎神社および兵庫県の西宮戎神社などと共に商売繁盛の神様として知られている。「堀川のえべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催される。

祭神
蛭児大神(蛭子大神)を主祭神とし、少彦名命・天太玉命を配祀する。

由緒
社伝によれば、欽明天皇の時代、止美連吉雄が蛭子大神の神託により堀江で玉を得、それを神体として富島に蛭子大神を祀ったのに始まる。当時は瓊見社(たまみのやしろ)・止美社(とみのやしろ)と呼ばれていた。白雉2年(651年)に少彦名命(淡島明神)、大宝3年(703年)に天太玉命を配祀した。

平治元年(1159年)、平治の乱を避けて丹波国何鹿郡山家に遷座した。文和年間に現在地に遷座し、以降、堀川戎社と呼ばれるようになった。

明治40年(1907年)、近隣の神社を合祀して「堀川神社」に改称し、村社に列格した。昭和20年に戦災で全ての建物を焼失し、昭和38年(1963年)に本殿が再建された。

堀川戎の十日戎の起源
江戸時代中ごろより祭礼が盛り上がり、 ミナミの今宮えびすとキタの堀川えびす が大阪の十日えびすを代表するようになる。 また今宮戎、西宮戎と並び、「三大戎」に数えられる。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E5%B7%9D%E6%88%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE



堀川戎神社

やま (1)
仕事の関係で朝9時の飛行機に乗ることに。

ひとまず駅前のやまでうどんを食す。

やま (2)
美味い。家の近所にあればいいのに。

てんや (1)
空港に着くも、バスが来るまで時間があるとのことで昼飯を食べることに。

食べてばかりであるが、てんやへ。

てんや (2)
美味い。てんやも近所に出店してほしい。

羽田航空神社 (1)
出発前に羽田航空神社に参拝。

羽田航空神社 (2)
安全祈願や。

たこ焼き王子
用事も終わり、新幹線で大阪へ。梅田にて前の会社の後輩2人とたこ焼き王子で飲む。

二人とも別の会社に転職するとの事。最近は転職もしやすくなってますね。

堀川戎
梅田で飲んだ後、南森町のホテルで泊まり。

ホテルの場所が思っていたより遠くて焦る。梅田から南森町まあまあ歩くやん。

チェックアウト後、ホテル近くの堀川戎に参拝します。

堀川戎 (1)

堀川戎 (2)

堀川戎 (3)

堀川戎 (5)
台風来てるから涼しいかと思ったら、意外と晴天。

商店街
参拝を済ませ、梅田駅へ向かう。

無料案内所、DVD試写・・・

一蘭 (1)
一蘭が24時間営業なので立ち寄ることに。

一蘭 (2)
美味い!が、替え玉し過ぎて気持ち悪い。

過ぎたるは及ばざるが如し。

この後、梅田のバス乗り場で帰りのバスが運休していると聞かされ絶望。晴天なのに風で橋渡れないとか弱すぎる・・・

新大阪→岡山→高松経由で帰りました。乗り換えしんどいわ。



御霊神社

御霊神社

大阪府大阪市中央区淡路町4-4-3

御霊神社(ごりょうじんじゃ)は、大阪府大阪市中央区淡路町4-4-3にある神社。なお、正面鳥居の扁額は御霊宮と表記。

古来、瀬織津比売神、津布良彦神、津布良媛神を祭り圓神祠(つぶらしんし)と称していた。
文禄3年(1594年)、因幡鹿野藩主の亀井茲矩から船場の自邸敷地の一部を寄進され、境内の小祠乾八幡宮と源正霊神を本殿に合祀した上で、 圓江(つぶらえ=現在の靱)から船場の現在地へ遷座。(亀井茲矩はこの後、因幡高草の白兎神社を再興した。)
寛文年中、御霊神社と改称。
明治6年(1873年)、郷社に列する。
明治17年(1884年)、人形浄瑠璃の劇場「文楽座」が境内に開設。「御霊文楽座」として、近世文楽における黄金期のにぎわいを見せる。
大正15年(1926年)11月に御霊文楽座から出火、本殿とともに焼失した。
昭和5年(1930年)に社殿再建。
昭和20年(1945年)3月14日、大阪大空襲(第1次)により、再び全て焼失した。
昭和32年(1957年)、現在の社殿を再興。
昭和34年(1959年)、鳥居玉垣を再建。その後、年を追って往時に勝る威容を整備しつつある。

以上ウィキペディアより。

御霊神社

御霊神社 (1)
少彦名神社から歩いてきました。いい運動になりますね。

御霊神社 (2)
家族が撮影してますね。

御霊神社 (4)
変わった形の手水舎。

御霊神社 (5)
うつぼ?

御霊神社 (3)

御霊神社 (6)

御霊神社 (9)

御霊神社 (8)
七五三の撮影とかしてると、参拝するとき気まずくなりますよね。家族水入らずに水を差す感じ。

撮影が終わって人が消えてから参拝しました。

晩御飯
なんばに移動して晩御飯。道頓堀人多すぎておそろしいです。

カツ美味し。

夫婦善哉 (4)
法善寺横町の夫婦善哉発見したので立ち寄ります。

夫婦善哉 (1)
芸能人の品もあります。

夫婦善哉 (2)
織田作之助の世界観がたまりませんな。

夫婦善哉
こちらがお目当ての夫婦善哉。

1人前を2杯に分けてるので、満足感があるという。

織田作之助の夫婦善哉で一躍有名になった品です。是非読んで、その後食べに来てください。

水掛地蔵 (1)
法善寺の水掛地蔵ってこの時間まで参拝客いっぱいですね。

部屋
ホテルの部屋がなぜかトリプル。宿のミスなのか。

長時間歩いて疲れましたわ。

お昼
翌日、大丸で買い物したのちに映画。ララランド観ました。泣きました。

二日連続で韓国料理食べました。鉄の箸で食べるご飯はおいしいですね。

なんか足がめっちゃ疲れた。温泉に行きたい欲求がさらに強まりました。

少彦名神社

少彦名神社

大阪府大阪市中央区道修町二丁目1番8号

少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)は、大阪市中央区道修町二丁目にある神社。旧社格は無格社。別称として、道修町の神農(しんのう)さん、神農さん。

祭神は薬・医療・温泉・国土開発・醸造・交易の神であるが、少彦名神社では、薬の神として健康増進、交易の神として商売繁盛の神徳があるとされている。
医薬にゆかりのある祭神を祀っていることから、医薬業に携わる会社・関係者などの信仰を集めている。また、病気平癒・健康祈願や医薬業関連の資格試験合格を願う参詣者も多い。
近年ではペットの病気平癒・健康祈願に参拝する人も多い。伊勢講から始まった神社でもあるため、伊勢神宮のお札を求める参拝者で正月は賑わう。

以上ウィキペディアより。

少彦名神社
つい最近まで期間限定御朱印があったようですが、終了していたようで通常のものをいただきました。

少彦名神社 御朱印帳
オリジナル御朱印帳あります。なんかスキャンしたら暗くなってしまった。二種類ありましたが、黒系をチョイス。最近暗めの御朱印帳を選ぶ傾向にあるな。一時期ピンクとか選んでたのに。

少彦名神社 (1)
地下鉄乗り放題切符を利用して、北浜で下車。

この辺は製薬会社や、薬屋が多いです。

少彦名神社 (5)
ビルの合間にあります。

少彦名神社 (4)
都会の神社って感じですね。

少彦名神社 (2)
トラ。

少彦名神社 (3)
春琴抄って道修町が舞台なんですね。ドエスな美人に仕えるって素敵ですよね。

少彦名神社 (6)
張子の虎はここが発祥なのか。だからトラがいたのか。

少彦名神社 (7)
薬がいっぱいあります。

少彦名神社 (10)
見覚えある薬もありますね。

少彦名神社 (11)

少彦名神社 (12)

少彦名神社 (13)
熱心に参拝されている方がいました。

やっぱり健康って大事ですもんね。この神社が愛されている理由がわかる気がします。

少彦名神社 (14)
薬の博物館があったので観ておきます。

少彦名神社 (15)
昔から薬関係の業者が多い街だったんですね。

だから薬の神社があるんですね。

少彦名神社 (16)
すごい昔の御朱印らしきものが!

薬の博物館、みなさんも是非お立ち寄りください。

大阪天満宮

大阪天満宮

大阪府大阪市北区天神橋二丁目1番8号

大阪天満宮(おおさかてんまんぐう)は、大阪府大阪市北区に鎮座する神社(天満宮)。別名に天満天神・浪華菅廟・中島天満宮がある。大阪市民からは「天満(てんま)の天神さん」と呼ばれ親しまれている。
毎年7月24日から25日にかけて行われる天神祭は日本三大祭、大阪三大夏祭りの一つとして知られている。

901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転(左遷)させられた際、同地にあった大将軍社に参詣した。903年に菅原道真が没した後、天神信仰が始まる。949年に大将軍社の前に7本の松が生え、霊光を放ったという奇譚が都に伝わった。そのため村上天皇の勅命によって天満宮を建立させたのが始まりである。

以上ウィキペディアより。

大阪天満宮

大阪天満宮 御朱印帳
オリジナル御朱印帳あります。2種類ありましたが、シックなほうをチョイス。

大阪天満宮 (1)
連れがお買い物に行っている間に神社参拝します。駅の名前にもなっている大阪天満宮です。

大阪天満宮 (4)
参拝客多いですね。

大阪天満宮 (5)
手水舎も大きい。

大阪天満宮 (9)
天満宮名物の絵馬。

大阪天満宮 (10)
こちらの神社は牛いましたが、柵に囲まれていて撫でられません。

大阪天満宮 (7)

大阪天満宮 (6)

大阪天満宮 (11)

大阪天満宮 (8)
東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ。

福島天満宮

福島天満宮

大阪市福島区福島2丁目8-1

福島天満宮(ふくしまてんまんぐう)は、大阪市福島区福島2丁目にある神社である。また、俗に福島 上の天神といわれることもある。“菅公聖蹟二十五拝”の1社(第十二番目)。

社伝によれば、901年に菅原道真が、藤原時平により九州大宰府へ配転させられた際、当地の里人徳次郎が旅情を慰めたことをいたく喜ばれ、この辺りを餓飢島と呼ばれていたのを福島と名づけられた。後年、菅原道真が大宰府で失意のうちに死亡したのを聞いたこの地の里人らが、小祠を建てたのが起源とされている。

以上ウィキペディアより。

福島天満宮

松屋
今日はお買い物に付き合うために大阪へ向かいます。

朝はさわやかに松屋の牛飯で。今週毎日飲んでる上に機能も1時まで飲んでたのでしんどいです。

福島天満宮 (2)
お昼集合ですが、少し時間があるので神社参拝します。

以前から気になっていた福島天満宮へ。

福島天満宮 (1)
大阪駅から一駅なので気になってたんですが、タイミングを逃していました。

福島天満宮 (3)

福島天満宮 (4)

福島天満宮 (7)

福島天満宮 (5)

福島天満宮 (6)
敷地は広くないですが、ひっきりなしに参拝客の方がいました。

あと、この神社は撫で牛がいないですね。

福島天満宮 (8)
梅の鉢はいっぱいありました。天満宮といえば梅ですね。