長野県の御朱印

真田神社

真田神社

長野県上田市二の丸

真田神社

夏休みを利用した三連休。土砂降りの中、旅立つ。

名古屋
雨の車窓から名古屋駅。

でかから弁当
新大阪でのきわどい乗換を成功させ、予定通り名古屋駅から特急しなのに乗り換える。6時起床で既に疲弊している。

ここは駅弁でHPを回復させる。

でかから弁当 (1)
特急しなのに揺られ、車窓からの景色を楽しみながらでかから弁当を食す。木曽はマジで山深いな。

どうにか15時に長野駅に到着。友人と合流し、飲みに行く。

権堂 (2)
長野の繫華街、権堂に到着。地味なアーケード街です。

権堂 (1)
想像より人通りは少ない。

おでん
おでん屋助六で飲む。美味い。権堂、昔はもっとにぎやかだったとのこと。寂しいのお。

権堂
助六を後にし、飲みなおす。このあたりが繫華街ですかね。なかなかの街並み。流石権堂。

てんてん
満身創痍のため22時でリタイヤ。ラーメン屋てんてんでギトギトラーメンを注文して〆る。マジで油多いな…

真田神社 (1)

翌日。上田城址へ。上田と言えば真田。信長の野望だと以上に強いチート一族。

s-幸村
イケメン。大坂夏の陣の時点だとジジイのはずですがね幸村。

真田神社 (15)
勢ぞろい。幸隆、昌幸の方が悪いジジイって感じがして好き。

真田神社 (3)
門をくぐったらいきなり神社。

真田神社 (2)

真田神社 (5)

真田神社 (6)
六文銭。

真田神社 (7)
赤備。

真田神社 (8)

真田神社 (9)

真田神社 (11)
本殿。そして真田井戸。

真田神社 (10)
裏の山まで続いている抜け穴だそうだが…そんなに遠くまでつながっているのか疑問。

真田神社 (12)
上田城址公園、名前の通り城はないですが、矢倉とか一部あります。

真田神社 (14)
ほぼ公園になっており、陸上部が走ってました。競歩の練習をする人に4回ぐらいすれ違いました。お城って感じはあまりしません。

滞在時間めっちゃ短かった。さらば上田城址。

この後ボーリング場で卓球した。楽しかった。

再び権堂で助六行っておでん食べた。ごちそうさまでした。

長野駅 (2)
日曜の朝。翌日仕事のため早々に帰り支度をして退散。泊めてくれた友人ありがとう。車を出してくれた彼女もありがとう。

長野駅 (1)
特急しなので名古屋へ向かう。長野~名古屋間3時間って時間かかりすぎやろ…

感想:四国から長野旅行は移動時間がほとんど

友人はまた来てね~って言うてたけど、どうしようかな。。川中島古戦場とか行くかな。

諏訪大社 下社

諏訪大社 下社

春宮 長野県諏訪郡下諏訪町193 

諏訪大社春宮

2諏訪大社春宮 


秋宮 長野県諏訪郡下諏訪町5828 
諏訪大社下社秋宮

諏訪大社秋宮


諏訪大社 上社

諏訪大社 上社

本宮 長野県諏訪市中洲宮山1

御鎮座の年代、起源等の詳細については知るすべもありませんが、我国最古の神社の一つに数えられます。延喜式神名帳には南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)と記され、信濃国四十八座の第一にあり、当時既に信濃國一之宮として信仰されていたことがわかります。

明治四年に国幣中社に列格、同二十九年に官幣中社、大正五年に官幣大社に昇格し、終戦を迎え昭和二十三年に諏訪大社と改称致しました。

諏訪の信仰
全国に分布する御分社は一万有余社を数えお諏訪さま、諏訪大明神と親しまれ、敬まわれつつ巾広い信仰を有し、御神徳の数々は枚挙にいとまがありません。古くからある信仰には風と水を司る竜神の信仰や、風や水に直接関係のある農業の守護神としての信仰が著名です。また水の信仰が海の守り神となり、古くからある港の近くには必ずと言っても良い程にお諏訪さまがお祀りされております。

神功皇后の三韓出兵や坂上田村麿の東夷平定にも神助ありと伝えられ、東関第一の軍さ神、武家の守護神とも尊ばれて来ました。精進潔齋を形だけする者より、肉を食べても真心込めて祈る者を救おうという諏訪大明神御神託や、浄瑠璃や歌舞伎の本朝二十四孝が世上に広まるにつれ、日本の屋根信州諏訪の地へとの参拝者も日と共に繁く、諏訪大明神の御神徳の厚きことが伺われます。

以上、諏訪大社ホームページより。 http://suwataisha.or.jp/suwataisha.html


諏訪大社上社本宮

諏訪大社本宮


前宮 茅野市宮川2030

諏訪大社上社前宮

諏訪大社上社前宮 (2)

諏訪大社、一の宮御朱印帳を入手する前に一度参拝していたので、二度目の参拝となりました。

戸隠神社

戸隠神社

長野県長野市戸隠3690

戸隠神社は霊山・戸隠山の麓に、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社からなる、創建以来二千年余りに及ぶ歴史を刻む神社です。
その起こりは遠い神世の昔、「天の岩戸」が飛来し、現在の姿になったといわれる戸隠山を中心に発達し、祭神は、「天の岩戸開きの神事」に功績のあった神々をお祀りしています。
平安時代末は修験道の道場として都にまで知られた霊場でした。神仏混淆のころは戸隠山顕光寺と称し、当時は「戸隠十三谷三千坊」と呼ばれ、比叡山、高野山と共に「三千坊三山」と言われるほどに栄えました。
江戸時代には徳川家康の手厚い保護を受け、一千石の朱印状を賜り、東叡山寛永寺の末寺となり、農業、水の神としての性格が強まってきました。山中は門前町として整備され、奥社参道に現在もその威厳を伝える杉並木も植えられ、広く信仰を集めました。

明治になって戸隠は神仏分離の対象になり、寺は切り離され、宗僧は還俗して神官となり、戸隠神社と名前を変えて現在に至ります。

以上、戸隠神社ホームページより。 http://www.togakushi-jinja.jp/about/



戸隠神社奥社
奥社

戸隠山九頭龍社
九頭龍社

戸隠神社中社
中社

戸隠山火之御子社
火之御子社

戸隠神社宝光社
宝光社

戸隠杉並木

戸隠九頭竜

戸隠奥宮門

戸隠中宮

戸隠日御子

有給使って行ってきました。同じバスに乗った女の子も雨の中、戸隠神社参拝してました。熱心やな。