関東地方の御朱印

赤羽八幡神社

赤羽八幡神社

東京都北区赤羽台4-1-6

延暦3年(784年)に坂上田村麻呂が当地に陣を張り、3柱を勧請したことにより創建された。その後源頼光、源頼政、太田道灌と太田一族により再興された[1][2]。明治初期まで赤羽総鎮守の扱いを受けていたため明治4年(1871年)の氏子調では郷社とされたが、明治5年(1872年)の近代社格制度においては村社(赤羽村鎮守)に格下げされた[1][3]。

1971年(昭和46年)に東北・上越新幹線の建設が決まると当社の神域を通ることは避けられず、神社氏子ともに反対するものの、最終的には国の決定を受け入れざるを得なかった。ただし社務所の下を通ることとなり、本殿の下を通ることは避けられた。近年は関ジャニ∞のファンがよく訪れる神社としても知られる。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E7%BE%BD%E5%85%AB%E5%B9%A1%E7%A5%9E%E7%A4%BE



赤羽八幡神社
鮮やかな御朱印ですね。

赤羽八幡神社 御朱印帳
ちりめん素材と、普通の素材の二種類のオリジナル御朱印帳がありました。

ちりめん素材のものを購入しました。

やま
大学時代のサークルのOBOG現役交歓会があるので上京する。

予定が定まらなかったため飛行機は取らず、今回は新幹線を用いる。まずは徳島駅前のやまでうどんを食す。

上京してしまうとうどんを食べる機会が限られますからね。やまのうどんに勝てるうどんは東京にないやろたぶん。

恋文の技術
新幹線で時間をもてあますので森見登美彦の恋文の技術を読む。

森見登美彦を読むと京都大学いいな~っていつも思う。入れないですけどね。

早飲み
ビジネスホテルで少し休憩し、OBOG現役交歓会に出席。

チーム対抗早飲み競争。すごい早い人いるんですけど化け物かな?

女子ダンス
女子ダンス

1女かわいー。いいなあ大学生は女子大生と遊べて。

朝五時の池袋
二次会のあと、終電を逃した後輩につきあってカラオケへ。

せっかくビジネスホテル取ってたのに朝五時までカラオケで過ごす。さわやかな朝。

武蔵家 (1)
ビジネスホテルで仮眠をとったあと、チェックアウトで追い出されたため昼食へ。

家系にしよう。

武蔵家 (2)
ほうれんそうトッピング大盛り、ライス大を注文。

疲れてるからか食が進まない。小で十分だったわ。もうだめだ。

赤羽八幡神社 (1)
次の日予定があったからすぐ帰るつもりだったけど、予定が無くなってしまったのでもう一日東京滞在することに。

せっかくなので池袋から近い神社に参拝しようと思い、池袋から一駅の赤羽をチョイス。

赤羽八幡神社 (2)
石段長いなあ。今はいてる靴歩きにくいからしんどいのよね。

赤羽八幡神社 (3)

赤羽八幡神社 (4)
手水舎

赤羽八幡神社 (5)
絵馬がいっぱいありますね。

赤羽八幡神社 (6)

赤羽八幡神社 (7)

赤羽八幡神社 (8)

赤羽八幡神社 (9)
関ジャニの聖地だからか、女性の参拝客が多いです。

この後体力回復のためにネットカフェで仮眠を取り、大学の先輩の壮行会に参加。岡山に異動するらしいので私個人としては近くなりますね。岡山遠征しようかな。

壮行会のあと、宿がないためネットカフェに帰り5時半まで仮眠。早朝の新幹線で帰路に着きました。午前中には地元に帰れました。意外とネットカフェいけますね。ずっと使ってたら体壊すだろうけど。

増上寺

増上寺

東京都港区芝公園四丁目7番35号

増上寺

増上寺 (1)
7月二度目の東京出張。

金曜から体調絶不調で土日を布団の上で過ごしての上京。ぼろぼろです。

少し時間があるので増上寺に参拝に行きます。

増上寺 (2)
大門駅の大門ってのはこれのことなんですね。

増上寺 (3)
着きました。巨大。

増上寺 (4)
浄土宗の寺院なんですね。

増上寺 (5)

増上寺 (6)

増上寺 (7)
増上寺から仕事場に向かうまでに汗が出まくりで死にそうでした。

病み上がりだからかと思いましたが、この日気温が高くて熱中症になる人多かったようですね。危険やわ。

天や
せっかくの東京滞在でしたが体調も悪いし遊ぶ時間もないしで羽田空港の天やを食べて帰路に。

天やはチェーン店ですけどめっちゃ美味いですね。羽田空港きたらいつも食べてるわ。

稲毛神社

稲毛神社

神奈川県川崎市川崎区宮本町7-7

創建の年代は不詳であるが、社伝によれば、武甕槌神を祀って天皇の軍の戦勝を祈ったのに始まると伝えられる。景行天皇が東国巡行の際に、当社で賊難を避けたという。欽明天皇が東征のとき、新たに配祀神四神を祀り、以降長らく勅願所とされたと伝えられる[1]。

当初は祭神の名前から「武甕槌宮」と称していた。平安時代末期、この地を領有した河崎基家が山王権現を勧請して以降、「河崎山王社」「堀之内山王権現」などと呼ばれるようになった[1]。

明治元年、関東へ下降する有栖川宮熾仁親王が当社で休憩し、その際、「神仏習合に基づいた「山王」の社名は新政府の神仏分離の方針にふさわしくない」と言ったことから、社名を旧地名の武蔵国稲毛庄にちなんで「川崎大神稲毛神社」とし、明治中頃に「稲毛神社」の名が定着した[1]。

明治6年、郷社に列格した。昭和41年(1966年)、神社本庁の別表神社に加列された[1]。

田中休愚の一族らが奉納した手洗石は川崎市重要歴史記念物に指定されている[1]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E6%AF%9B%E7%A5%9E%E7%A4%BE



稲毛神社
夏詣御朱印をいただきました。

大鷲神社
大鷲神社の御朱印もいただきました。

すた丼
仕事が昼で終わり、お土産の銀座デルレイのチョコレートも買って時間が余ったため、前回捻挫で途中で退散した川崎へ。

とりあえずすた丼で遅めの昼食。重たい。

稲毛神社 (1)
稲毛神社に到着。

稲毛神社 (2)
以前から存在は知っていましたが、なかなか来れていませんでした。

稲毛神社 (3)
大通りに面しているほうに立派な鳥居が。

稲毛神社 (4)
こちらが正規ルートですね。

稲毛神社 (5)
手水舎

水が入ってない気がする。

稲毛神社 (6)
大鷲神社。こちらの御朱印もいただけます。

稲毛神社 (7)

稲毛神社 (8)

稲毛神社 (9)
手水舎

こっちは水あるわ。

稲毛神社 (10)
天地睨みの狛犬。

変わった狛犬ですね。

稲毛神社 (11)

稲毛神社 (12)

稲毛神社 (13)
このあと飛行機で帰りました。疲れました。

そして出張の日に限って飲みの誘いがいっぱい来る。今日は流石に行けませんな。

女躰大神

女躰大神

神奈川県川崎市幸区幸町1丁目994

神社創立の年代は不詳なれど、口碑の伝うる処によれば、永禄年間より女躰権現と称えられ、南河原村真言宗宝蔵院が別当職でありました。
当村は、武蔵国荏原郡八幡塚の農民が移住し、開墾に従事し、民家次第に増加したのであります。この地は、多摩川の南側にありましたので、南河原村と名付けられたとのことであります。地形多摩川の辺りのため、降雨のたびごとに多摩川の土砂堆積し、田畑への冠水甚だしく洪水の都度流域が変化し、常に大きなる災害を蒙り、遂に農耕が不可能な状態になりました時、一人の女丈夫水中に身を投じ、一身を犠牲に供せられし、その真心によりその後は大いなる災害もなく、住民漸く安堵し、農耕に励むことが出来ました。これも女丈夫の偉大なる御徳の御陰と敬慕し、その偉業を称え又後世に伝えるため、多摩川辺りの俗称『ニコニコ松』の下に一祠を建立して、その御霊をお祀りしました。
その後、現在の位置に鎮め奉る。 

以上神奈川県神社庁ホームページより https://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=19&cd=1201019&scd&npg=0&fbclid=IwAR2SUNVav_uCD7N4X3JIK7xgfXoWZ8gZ5xMXuBzkOoaJoUkAcbZp7_qb0RU



女躰大神
書置きをいただきました。

二郎 (2)
先輩に呼び出しを受けたため上京。表敬訪問まで時間があるので神社巡りをします。

川崎で二郎を食べて腹ごしらえ、と思ってたら足を滑らせてひざが変な方向に曲がる。痛てえ。

足を引きずりながら京急川崎二郎へ。まさかの大ダメージ。

二郎 (1)
痛むひざに二郎が染み入ります。美味い!

女体大神 (2)
ひざは腫れていないので骨折ではないと判断し、神社めぐりに行きます。

足を引きずりながら川崎の女躰大神に来ました。

女体大神 (1)
川崎駅からそこそこ近い。

女体大神 (3)
手水舎

女体大神 (4)
銀杏

女体大神 (5)

女体大神 (6)
ひざの無事を祈願。

その後先輩宅に無事到着し、歓待を受けた上に翌日整形外科まで連れて行っていただきました。骨は折れてませんでした。シップだけもらいました。ありがとうございました。

梅照院(新井薬師)

梅照院(新井薬師)

東京都中野区新井5-3-5

中野区最大の寺院であり、西武新宿線の駅名にもなるなど、都内でも有数の著名寺院である。駅前から山門にかけては商店街の続く門前町となり、地域住民からも新井薬師として古来親しまれている。なお、新井の名は当地で新たに井戸を掘ったことに由来するもので、足立区にある西新井大師と同じ真言宗豊山派の寺院。高尾山薬王院、日向薬師、峰の薬師とともに武相四大薬師に数えられる。

また当寺の井戸水(白龍権現水)は、一般に開放されており、飲用水として多くの人がここの水を汲みに来る。

天正4年(1586年)、僧・行春により創建された。本尊は空海作の伝承を有する薬師如来と如意輪観音像である。本尊は表を薬師如来、裏を如意輪観音とする二仏一体の像であるとされ、秘仏であるが、12年に一度、寅年のみに開帳される。江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益(りやく)に関して有名になった。その他子育てなどにも利益があるとされている。

現在も、広大な境内に本堂、不動堂があるほか、境内の一部が公園になっている。

また、南北朝時代にこの地域に本拠地を構え、南朝方(新田義貞)についた窪寺氏の葬地にもなっている。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E7%85%A7%E9%99%A2



新井薬師

新井薬師前
年末年始、9連休をもらえたので上京。

飲みにいく約束があるが、時間が空いたので新井薬師前で下車。

新井薬師 (1)
駅から商店街を進むと到着。

新井薬師 (2)

新井薬師 (3)

新井薬師 (4)
芸能関係。東京はやっぱり違うねえ。

新井薬師 (5)
手水舎

新井薬師 (7)
屋台がありますね。

新井薬師 (6)

聖徳太子
聖徳太子

新井薬師 (9)

新井薬師 (8)
こちらのお寺は眼に効くらしい。眼がよくなりますように。

秋元屋 (2)
参拝後、野方の秋元屋へ。

美味い。独身3人で飲む酒は美味い・・・

ビジホ
このあと先輩に呼ばれたりで3次会まで飲み、疲弊して池袋のビジネスホテルへ。

これまで泊まったどの宿よりもコンパクト。

翌日、青春18切符を購入して常磐線で旅立つ予定でしたが、身内に不幸があったので実家にトンボ返り。

秋元屋で飲んだだけの旅になってしまったが、それもまたよしとしよう。