徳島県の御朱印

弁天山厳島神社

弁天山厳島神社

徳島県徳島市方上町弁財天8-1

弁天山(べんてんやま)は、徳島県徳島市方上町にある山[1]。
概要
標高6.1m[2]。とくしま市民遺産に選定されている。国土地理院発行の地形図に記載されている自然の山としては日本一低いと徳島市ホームページ内[3]に記載がある。
頂上に至る山道は舗装され、さらに手摺も付けられるなどしっかりと整備されており、一般的な体格をした健康な人であれば登山開始から登頂まで1分とかからない。
保存会が存在[4]し、毎年6月の山開き[3][5]、登頂証明書(有料)の発行[6]を行っている。
歴史
源義経が元暦2年(1185年)小松島に上陸し、当山南西の山を越え讃岐壇ノ浦に平家討伐の軍勢を進行させた伝説があり、当時は海に浮かぶ小島であったが、室町時代に潮が引き小山となり、周辺は水田開発され現在に至ったとされている。 山頂の神社は市杵島姫命を祭神とした厳島神社を勧請し、古来より弁財天として村人に信仰されてきた。 近くを通る藩道は土佐街道として往来されてきた[7]。
以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E5%A4%A9%E5%B1%B1_(%E5%BE%B3%E5%B3%B6%E5%B8%82)



弁天山厳島神社

書置きの御朱印がありました。

市杵島姫

十一月限定の市杵島姫命の御朱印もありました。他、令和改元記念のものもありました。

弁天山 (1)
日没が近づいてきましたが、日本一低い山登頂に来ました。

弁天山 (2)
由緒。

弁天山 (5)
弁天山全体を眺める。

弁天山 (6)

弁天山 (7)
登山道。コンクリで固められれて登りやすい。

弁天山 (4)
こちらの箱の中に登頂記念や御朱印が入っています。

弁天山 (3)
厳島神社の御朱印と市杵島姫の十一月限定の御朱印をいただきました。

登頂完了。

地蔵寺

地蔵寺

徳島県小松島市松島町11-26

平家討伐に向かった源義経の上陸地といわれ、狸の民話の語られる小松島は、 勝浦川の流域に開けた平野にある。東に紀伊水道の海をのぞみ、 西には遍路修行の四国の聖なる山々、中世の頃より天然の良港として知られ、 県下最大の港を持つ。江戸期には藩内有数の在郷町となり、 大藍商たちが軒をならべ、藩財政に大きな影響力を持っていたという。 地蔵寺は、この地域に、弘法大師巡錫のおり海畔一区の霊場としてひらかれたという。 記録された文献では、天正7年(1579)領主吉成対馬守により境内800歩の免税を受け、 慶長以降は藩主峰須賀家政の信仰厚く境内その他950歩を免税とした。 元和7年(1621)、代官山内松軒寺沢六右衛門が檀那となり中興された。 歴代藩主の庇護と近郷在住の人々の信仰の道場として維持されてきた。 阿波藩内の僧風を正すためにもうけた南北八院の門主寺の一つといわれ、 古くより京都嵯峨・大覚寺末の中本寺である。時代の推移ととも に寺運も幾度か盛衰を経たのち、明治に小松島に点在した塔頭子院6カ所、 観音寺・阿弥陀寺・宝性寺・般若寺・真福寺・薬師寺を併合する。 弘法大師が開基した寺のあとを頼んでいた住職がいねむりをしていたため 四国八十八カ所霊場からはずしたとする「いねむり大師」、 寛政年間には地蔵菩薩の錫杖にねずみが突きとめられていたという 「鼠つき地蔵」などの言い伝えがある。 小松島市街の中心に位置し、真言宗大覚寺派に属し、國傅山 寳珠院 地蔵寺と称す。 
以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E8%94%B5%E5%AF%BA_(%E5%B0%8F%E6%9D%BE%E5%B3%B6%E5%B8%82) 



地蔵寺
阿波六地蔵霊場の第五番札所です。

地蔵寺 (2)
小松島市の地蔵寺さんに来ました。

地蔵寺 (1)
先日参拝するも留守だったため再訪。

地蔵寺 (3)
3時前ですが、日が翳ってきてますね。

地蔵寺 (5)
ネコ

地蔵寺 (6)

地蔵寺 (7)
大師堂

地蔵寺 (8)
地蔵菩薩様

地蔵寺 (9)

地蔵寺 (10)

地蔵寺 (12)

地蔵寺 (11)
地蔵寺さんに参拝したことで阿波六地蔵霊場巡りは完了です。

金長神社

金長神社

小松島市中田町字脇谷 市営グラウンド横

金長神社(きんちょうじんじゃ)は、徳島県小松島市中田町にある神社。祭神は金長大明神。大映社長永田雅一(旧・新興キネマ株式會社)が『阿波狸合戦 (映画)』成功の礼に寄付した資金を主として1956年(昭和31年)に建てられた。宗教法人ではない。

伝説上の阿波狸合戦で落命した金長狸を祀った神社である。金長の死後、染物屋の茂右衛門が金長大明神として手厚く弔い、金長は江戸時代後期の弘化5年(1848年)正一位に上った。

長らく屋敷神社として祀られていたが、1956年(昭和31年)、商売繁盛、開運の神としてこの地に勧請された。

なお、当神社の北側にある芝山山上の日峰神社には境内社として、金長神社本宮がある。この神社は、1939年(昭和14年)に新興キネマが作製した映画「阿波狸合戦」のヒットにより会社が持ち直したので、金長への感謝より萬野只七の主唱により俳優らの寄進で同年に建立された。

小松島市民運動場に隣接しており、周囲には桜が植えられ春には花見客で賑わう。

2019年(平成31年)より御朱印が授与されるようになるが、通常は地蔵寺で[1]、限定は特定日のみ神社で授与される[2]。

以上ウィキペディアより。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%95%B7%E7%A5%9E%E7%A4%BE



金長神社
お祭りだったので神社で御朱印をいただけました。普段は地蔵寺でいただけるようです。

金長神社 (12)
阿波六地蔵霊場巡りを終わらせようと思って小松島市の地蔵寺を参拝するも納経所に人の気配がない。

留守なのかな~と思ってあたりを見渡すとチラシを発見。

今日は金長秋祭りだからそっちに行ってるんやな。金長神社に向かいます。

金長神社 (2)
到着。のぼりが立っています。

こちらの神社、市営グラウンドの整備のために無くなってしまう話が出てるようですね。

金長神社 (1)
萌えキャラののぼりも出てます。

節分イメージキャラ。時期が違う気もするがよしとしよう。

金長神社 (5)
金長狸といえば狸合戦ですね。

平成たぬき合戦ぽんぽこにも金長さん出てましたね。

金長神社 (3)
由緒

金長神社 (4)

金長神社 (6)
手水舎

金長神社 (7)

金長神社 (9)

金長神社 (8)

金長神社 (10)
徳島住みます芸人のみっとしーさんがネタをしてました。

地元ローカル番組に出演しているらしいですが、最近テレビ見てないからわからんな。勉強不足。

金長神社 (11)
タヌキのゆるキャラ。こまポンというらしいです。こちらも気になってググって知りました。勉強不足や。

まごころ
昼時になったので南昭和町のまごころでからあげ定食を食す。

地蔵寺さんの御朱印はいただけませんでしたが、思わぬ形で限定御朱印をいただけてよかったです。

人間万事塞翁が馬。

宝蔵寺

宝蔵寺

徳島県名東郡佐那河内村嵯峨38

阿波六地蔵霊場4番札所です。

宝蔵寺

佐那河内の道 (1)
10月になりましたね。もう秋のはずですが天気もよく暖かいです。

阿波六地蔵霊場巡りをしようと思って佐那河内村に来ましたがお寺の場所がわからない。めっちゃ景色いいけどここどこ?

佐那河内の道 (2)
グーグルマップを確認するとどうも道を間違った様子。蛇行した山道を進む。

佐那河内の道 (3)
大きく遠回りをした様子。うっそうと緑の生い茂った道を走る。

たまにライダーとすれ違う。大川原高原が近いからツーリングしてるんかな。

宝蔵寺 (1)
見つけた。

宝蔵寺 (2)

宝蔵寺 (3)

宝蔵寺 (4)

宝蔵寺 (5)
いっぱい車停まってるから何かの行事で忙しいんかな?と思ったけど地元の人が掃除に来ているとのことでした。

「阿波六地蔵霊場巡りをされているとはいいですね。お地蔵さんは死んだあと最初に助けにきてくれますからね

というありがたいようなこわいようなお言葉をいただきました。助けてお地蔵さん。



拳正寺

拳正寺

徳島県阿南市羽ノ浦町中庄千田池33

阿波六地蔵霊場の六番札所です。

拳正寺

拳正寺 (4)
強そうな名前のお寺です。

拳正寺 (5)

拳正寺 (1)
手水舎

拳正寺 (3)

拳正寺 (2)
三連休ゴロゴロしてたのに急に朝から活動したからか疲弊。

でも霊場巡りはたくさんできたし充実した休日でした。